スイートバジルやツルムラサキの収穫時に、生まれたばかりのような小さなアマガエルをよく見かける。
アマガエルをよく見かけるということは、この場所がよい「えさ場」になっているということ。
スイートバジルもツルムラサキも害虫の少ない作物と思っていたが、実際はこれらの天敵の活躍も大きいのかも知れない。カエルは、一晩に1000匹ほどの害虫を食べると言われている。
近くに「ビオトープ(水辺)」もないし、アマガエルがこの時期、どこで孵化したのか知らないが、田んぼの大きな助っ人である。
今日、出荷の帰りにスーパーへ寄ったら、立派なピオーネが並んでいた。ボクはブドウのような作物は特に苦手である。自給用に1本植えておこうと思い、過去に3回ほど苗を購入して植えたが、3回とも植えて1年も経過しない間に枯れてしまった。土地が合わなかったのか、自分の育て方が下手なのか、3回も失敗すると、もうブドウは止めておこうという気持ちになる。
ブドウは植えてから成り始めるまでに3年かかるし、2年目には「ブドウ棚」作りがあるし、害虫や害獣避けのネットや柵が必要であるし、雨避けのハウスも必要である。
ブドウのような果樹は、いろんな能力を要求されると思う。農業を始める前から、自分は果樹はできないと思った。野菜は「作る」というより「できた」という感じであるが、果樹は明らかに「作る」という感覚である。イチジクや柿やキーウイのように「できた」という果樹も多いが、それは自給用の場合であり、出荷となると量とサイズと外観をそろえる必要がある。
このように、一口に農業者といっても、ピンからキリまであり、往々にして「その農業形態しかできない」という人が多いと思う。あれもこれもできる人は少ないと思う。自分の場合は極端かも知れないが、今やっている農業以外は全くできそうにない。
作文も同じと思う。唯一「ブログ的な書き方」はできるが、他の書き方はできると思えない。詩や短歌や俳句、10枚以上の長文などは書ける気がしない。2〜4枚の短文をべたべた貼り付けるような書き方しかできない。これが自分の唯一の作文形態。農業と同じ。
長期戦になるだろうから、生活の中にブログがあるようにしたいが、ブログ中心になってしまい、他のもろもろの時間を奪われている。何とか工夫をしないと。
春夏野菜はこれから後半戦に入る。
6月中旬〜、7月、8月・・・・・・前半戦(2ヶ月半)
9月、10月、〜11月中旬・・・後半戦(2ヶ月半)
オクラ、キュウリ、ニガウリは10月10日頃で終わる
エンサイ、ツルムラサキは11月中旬頃まで
ナスビ、ピーマンは11月10日頃まで
青シソ→花穂シソは9月末頃まで
春夏ハーブは、
レモンバーム・・・・・・・11月上旬頃まで
レモンバーベナ・・・・・11月上旬頃まで
レモングラス・・・・・・・・11月上旬頃まで
タイム類・・・・・・・・・・・・常緑草
ミント類・・・・・・・・・・・・・年明け1月中旬頃まで
セイジ・・・・・・・・・・・・・・年明け1月中旬頃まで
ローズマリー・・・・・・・常緑草
イタリアンパセリ・・・・常緑草
スイートバジル・・・・・11月上旬頃まで
11月上旬頃まで延びる野菜やハーブは、9月中に一度追肥しておくと「色落ち」がしないように思う。
メタン菌液肥の追肥は、黒マルチを作物の根元まではがす必要があるので、面倒で、今まではどの作物も追肥はほとんどしなかった。
今年は、黒マルチを定間隔で破り「化学肥料」の追肥を一部の作物にしようと思う。化学肥料なら、メタン菌液肥のように「あたる」ことはない。
来週はもう9月。例年なら今頃は残暑が厳しく、田んぼも渇いている時期であるが、ニンジンを蒔いて以後、雨が降ったり止んだりが続き、雨量も多かったので、田んぼは逆に過湿状態になっている。残暑も急に過ぎ去ったかに見える。
すでに棚田は稲刈りが始まっている所もある。9月のお彼岸頃までに棚田見学に行かなければ、黄金の稲穂を写すことはできない。畦岸に咲き誇る彼岸花を撮るにも9月のお彼岸頃が最適期である。
アブラナ科野菜は他の野菜に比べて害虫が多く、ここ数年はアブラナ科四天王(ハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブ)にブロッコリーを加えた5種類しか作らなくなった。
その中でも害虫の多い順番に
1位・・・カブ
2位・・・ハクサイ
3位・・・キャベツ・ブロッコリー
4位・・・ダイコン
5位・・・ロケット(ハーブでは数少ないアブラナ科に属する)
カブはやられてもダイコンは免れる場合が多い。ロケットは定植時期が10月だから、育苗の期間だけ注意すればよい。
害虫の発生は9月中旬過ぎから多くなるから、それより少し早く植えたり蒔いたりしている。
定植と種蒔きを同時スタートすると、害虫チェックがしやすい。アブラナ科作物の「ずらし蒔き」はリスクが大きい。
被害にあうと、寒さに向かう秋冬野菜は蒔き直しが難しいので、1回で成功させる必要がある。アブラナ科四天王の入らないワンパックは考えられないので、失敗は致命的。
自分の場合は、ハクサイとキャベツの定植後、及びダイコンとカブの種蒔き後は、害虫を見越して粒状の農薬を株元もしくは蒔き床に散布している。たいていその1回だけで何とか被害を免れる。
今後の予定は、
9月2日頃・・・チャービル(ハーブ)の種蒔き
9月7日・・・・・シュンギク第1回目
9月12日頃・・・ハクサイ、キャベツ定植、ダイコン、カブ種蒔き、ロケット第1回目、シュンギク第2回目、チャービル2回目(失敗した時)
9月21日・・・タマネギ種蒔き、ロケット第2回目
9月26日・・・ホウレンソウ第1回目、ロケット第3回目
10月2日・・・ホウレンソウ第2回目、春キャベツの種蒔き
10月5日・・・ホウレンソウ第3回目
10月中下旬・・・ワケギ、ニンニク、ラッキョの定植
10月20日・・・ソラマメ種蒔き
11月9日・・・エンドウ、グリンピース、スナップエンドウ、春レタスの種蒔き
秋冬作は数年やってみると手順が簡単なことがわかる。
9月中旬→アブラナ科野菜の定植と種蒔き
10月中下旬→ロケット、ホウレンソウの定植(直播する人がほとんど)
11月中下旬→タマネギ、ソラマメ、春キャベツの定植
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秋ナスの成り始めの頃は、木に勢いがあるのか、グローブのようなナスビが収穫のつど数個は見つかる。出荷はできないので、早めに収穫してニワトリにあげる。
今年は4回とも「地這いキュウリ」にした。地這いの場合は時々収穫の見落としがあり、画像のようなバットのようなキュウリもある。中の「ず」をとれば十分使える。キュウリがたくさん収穫できれば「バットキュウリ」はニワトリ行きになるが、少ない時は単価はつけずにワンパックに入れる。
キュウリは1回に12〜14本しか定植しないが、4回蒔くので、成り始めと成り終わりは2〜3週間重なり、24〜28本定植しているのと同じ効果がある。
今年は
ナスビ・・・・・40本定植
ピーマン・・・20本定植
キュウリ・・・(12〜14本)×4回=(48〜56本)定植
ナスビ、ピーマンに比べてキュウリの採算は悪すぎる。
オクラは素手で扱うと「かゆく」なる。オクラの他にトーガンも素手で扱うとかゆくなる。表面に小さな「棘」のような無数の毛があり、これが手にささってかゆくなる。
イチジクを食べると「口」や「口のまわり」がひりひりする。これはイチジクを収穫する時に出る白い乳液の中に、フイシンというたんぱく質を分解する酵素が含まれており、手についてもひりひりする。
カラスに負けまいと、まだ多少未熟なイチジクを10個ほどちぎって口に入れたら、口はひりひり、手はかゆいかゆい状態が家に帰るまで続いて困った。
ツルムラサキを収穫したら仕分の時に、長すぎる茎を切ったりするが、それを藪の下に捨てていたら、茎の一部が根付いて新芽が出てきた。
ツルムラサキとエンサイは挿し木も簡単だが、コップにさしておくと根が出てきて観賞青葉としても楽しめるらしい。
燃料代が上がったからと言って航空会社は、さっさと燃料サーチャージ制で値上がり分を運賃に加算。
電力会社は電気料金の値上がりを決めた。
パンなど小麦製品も軒並み価格転嫁している。
農家も同じ。燃料、肥料、飼料の価格が高騰しているのだから、生産物に価格転嫁しなければやっていけないのは明白だ。でも立場が弱く、先の会社のようにおいそれとはいかない。(農業新聞8月27日)
農業用A重油価格は4年前の2倍以上
肥料原料も前年より2〜3倍
配合飼料もこの2年で5割上昇
しかし、有機農業者は未来のこんな現実を見越して、あえてそれらに依存する農業形態をとらなかった。こういう農業者が現に2〜3割は存在する。
自分はそんな高尚な理由からではなく、
(1)元手があまりかからず
(2)どちらかといえば放任栽培であり
(3)儲かる方を選択したかったが
(4)他の農業形態は自分には難しすぎた
(5)できると思えたのは有機農業だけだった
つまり消極的理由で有機農業を選択した。
農業環境の変化という外部事情に遭遇した時、「大規模農家」から先につぶれる。
企業組織は大規模ほど安定するが、農業は逆である。小規模ほどリスクが小さい。
大規模・・・20世紀型・・・人間疎外・・・環境破壊
小規模・・・21世紀型・・・土から癒し・・・環境保全
今、農業の現場では、法人化、集落営農化が推進されようとしているが、それは農業を企業組織に近付けようとする発想であり、うまくはいかない。
工業や商業に近付けようとすればするほど、土から受ける癒しは小さくなる。土に触れる小さな農業こそ生きがいにつながるが、法人化、もしくは集落営農化された農業には「土に対する喜び」は少ない。
法人化、集落営農化して、ひたすら効率や採算を追求しようとしても、人間疎外のような農業形態では、うまくはいかない。
第3セクター
グーグルで検索したら次のような記事があった。
『市や町などの公共機関(第一)と民間企業(第二)が出資して作られる企業体のことです。
市役所や県庁からの出向者と、企業の社員が一緒に働き、事業の金が税金から出ているため放漫経営になり、責任の所在があいまいでどんどん破綻しています。
でっかい橋やでっかい箱物はほとんどこの方式です。』
倉敷チボリ公園の閉園が決定した。今日の山陽新聞に「行政の硬直性と民間の営利主義が矛盾し、負の相乗効果を生みやすいとされる3セク事業。破綻した他の3セク同様、ジャパン社も補助金に依存し、責任の所在があいまいな体質に染まった」とあった。
第3セクターのチボリ公園の閉園決定のすぐ後で、次の記事を読んだから、頭が混線した。
『大手総合スーパーのイトーヨーカ堂が出資した農業生産法人が、千葉県富里市で事業をスタートさせた。法人は株式会社・セブンファーム富里。資本金は300万円で、農家が80%、ヨーカ堂とJA富里市がそれぞれ10%を出資した。法人経営で最も注目されるのは、3者の連携がどう進むかだ。』
こんな法人にも補助金が下りるのだろうか?
夕方、雨が降る中、合羽を着て、メタン菌液肥をサトイモに施した。液肥は土がよく渇いている時に施すと「あたる」ことがある。
頭ではわかっていながら、今年は、ニガウリ全部、オクラの一部、トマトの7割が、メタン菌液肥が「あたって」枯れてしまった。
(今日の夕飯)
キャベツの炒め物・・・ウインナー
キュウリの炒め物・・・卵
サンマ・・・・・・・・・・・・市販の惣菜
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8月21日(木曜日)にニンジンを蒔いて今日で5日目、うまく発芽した。しかし高温のせいかレタス類の発芽が少なく、今日、蒔き直した(袋の残り半分を蒔いた)。
ハクサイも今日夕方に蒔いた。
2年前、英国レスター大の研究者がはじき出した「国民の幸福度」順位で、ブータンは8位。アジアの中ではトップだった。ちなみに日本は90位。1位はデンマーク。(山陽新聞8月25日)
日本の90位はうなづける。日本は住みづらい。普通に農業をしたのでは、まず生活はできない。とにかく、正社員として、どこかの組織の一員にもぐりこみ、荒波を立てずに、その組織にさばりついていないと、安定した生活は保障されない。一歩、組織の外に出てしまうと、日々の生活にも事欠いてしまう。
ブータンでは先代国王が、従来型の経済発展を目指せば、環境破壊が進み、貧富の差や独自文化の喪失などの弊害を招き、必ずしも国民全体の幸せにつながらないと結論した、と伝えられる。
日本のような政治経済制度がこのまま続くなら、日本には希望が持てない。一国二制度を提唱したい。つまり、
(1)資本主義経済区
(2)自給自足主義経済区
この2つの経済区を自由に行ったり来たりはできないだろうか。
これらはまるで相反する経済制度である。水と油。お互いがお互いを否定して成り立つのが、資本主義と自給自足主義である。
経済区だけでなく、人間には、相反する考え方や、相反する生き方があると思う。農業でも、
(1)スペシャリスト型
(2)少量多種類型
(1)現役帰農型
(2)定年帰農型
(1)大規模農業型
(2)小規模家庭菜園型
(1)農薬・化学肥料型
(2)有機農業型
この場合、お互いにお互いの農業に興味を示さない、もしくは否定的見解を持つ。
2020年の頃までに、この2つの経済システムが一つの国の中で両立できないだろうか。
若い時は資本主義経済区で働き、定年になったら土に帰依して自給自足主義経済区へ移住する。
現役世代でも、資本主義経済区で挫折したら、いつでも自給自足主義経済区へ逃げ込めるようにしておく。
逃げ場があることが特に大切である。
今の日本では、正社員のサラリーマンになるしか、経済的に安定する道がない。一部の優秀な人には独立自営業が成り立つが、その他大勢の凡人は一定の組織で正社員を目指すしかない。
農業でもビジネスラインにのるような優秀な農業者はごく一部である。大多数の凡人は、農業へ転身しても農業では食べれない。
だからこそ、人生の逃げ場としての自給自足主義経済区が必要だと思う。カネがなくても生きていける経済システムの創設である。
(1)物々交換の社会
(2)貨幣がなくて労働が対価
(3)「労働券」をもらったり、あげたりして、一定の労働をプールして、助けたり助けられたりする制度
自給自足主義経済区では、ライフラインの支払いと各種社会保険料の支払いがネックとなるから、ライフラインは定額まで、各種社会保険料は全額免除する。
今日の朝日新聞に、全日本トラック協会の一面広告が載っていた。
国民の皆様へ トラックからのお願い
今、トラック運送事業の経営が大ピンチに陥っています。
規制緩和以降、運賃は下がる一方で、逆に環境対策のための大規模な車両の買い替えなどで、コストは上がる一方でしたが、私たちは歯をくいしばってこれまで頑張ってきました。しかし、その後の異常な原油高で、燃料価格が2倍以上に暴騰し、燃料費だけでトラック業界全体では今や年間1.2兆円のコストアップになっています。
この負担は自助努力の限界をはるかに超え、今や多くの事業者は、文字通り、事業存廃の岐路に直面しています。
現在、事業の存続をかけて「燃料サーチャージ」の導入などによる適性な運賃転嫁の実現を荷主の皆様にお願いしています。
クロネコヤマトから運賃のアップを言われても仕方がない状況にある。アップを言われたら、「送料」の見直しを迫られるかも知れない。しかし、送料として800円頂いているのを900円にしてもらうのは難しい。
飼料の高騰も、資材の高騰も、肥料の高騰も、燃料の高騰も、機械の高騰も、自分にはあまり影響がないと思っていたが、ここにきて、燃料の高騰が影響してきた。ダンボール(宅配ケース)と運賃。
ガンを宣告された人と同じ気持ちになり
一家の中に誰も正社員がいない家庭と同じ気持ちになり
鉱山へ見学に行ったら、50年前、この鉱山の地下500メートルで働いていた人を一心に想像し
ハンセン病で隔離された島を訪問したら、戦前、この島に強制隔離された人が故郷に向かって涙した岸壁にたたずみ
もし立場が違っていたらと、考え続ける
自分を置き換えて考えてみることは難しいが、そういう練習を続ければ、少しは変われる自分になれるような・・・。
(今日の夕飯)
お好み焼き・イカ天・・・・市販の惣菜
ナンキンの煮物
キュウリの中華和え
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今日、出荷の帰りに「コメリ」という農業資材店でニワトリのエサを買った。20キロ、1280円。1ヶ月に1袋ほどのペースで購入しているが、購入先は農協だったりコメリだったり一定していない。
米ぬかだけでは栄養が足らず、コゴメは在庫切れなので、今は飼料を買っている。
ナタネカスはメタン菌液肥用。
金曜日の深夜から土曜日の朝にかけて降った雨は、まことにありがたい雨だった。まるで生き返ったようなナスビとオクラ。
五輪用の野菜は北京近郊の延慶県で特別に生産されており、延慶県が北京五輪の食卓を支えている。
人口13億人のうち8割が農村に住んでいる中国にとって、発展を遂げる延慶県の姿は、農村の未来に希望をもたらした。(山陽新聞8月24日)
確かに、農業が盛んだと未来を感じるが、当集落のように休耕田が増えて、草ぼうぼうの田んぼがやたら目に付くようになると、この国に未来を感じなくなる。
農業こそ、国の「未来図」のバロメーターだと思う。
儲からなくなったから農業を止めた
農業では生活できなくなったから農業をやめた
他産業に従事した人が羽振りの良い生活をしているから、そちらの仕事に移った
イノシシやシカ等の害獣にやられ続けて、ばからしくなってやめた
結局、全て自己責任?
農協や国の減反政策など関係してないですか
企業の責任なども全くないですか
戦後、工業や商業を偏重しすぎたことはないですか
農業の衰退は資本主義の行き着く結果ですか
他の国も衰退していますか
自給率を見ると日本ほどひどくないような気もしますが
工業製品の輸出の見返りに、農作物を輸入するという裏取引でもあったのか
一つだけ確かなことは、農業という土台の上に、工業も商業も成り立っているということ。農業の衰退は工業や商業の衰退に必ずつながる。
7月26日に買ったキャノンの「IXYデジタル、23200円」が使えるようになったが、パソコンに取り込んだ後の操作がちょっと不便で、結局、写す時はキャノン、パソコン内での操作は、以前の富士フィルムの「ファインピックスZ100」の機能を使っている。
カメラとか写真には興味がなかったのに、ブログの必要に迫られて買った始めてのカメラ「ファインピックスF460」にすっかりはまってしまい、今はデジカメが離せなくなった。携帯は持っていないがデジカメは必需品。
最初に購入したファインピックスの使い勝手がよかったので、2度目もファインピックスにこだわったが、2度目のはあまり使い勝手がよくなかった。2度目のデジカメが写せなくなり修理にもって行くと、すぐに直ったが、その場で3度目のデジカメであるキャノンを買った。キャノンのIXYは人気で、2003年以降、世界のコンパクトデジカメ市場で首位を維持しているらしい。
デジカメのよい点は
(1)購入後はほとんど費用がかからない。
(2)写す時に技術がいらない? オート機能できれいに写る。
(3)パソコンに取り込むと、記録として残っていくのがうれしい。
作家の「中島 梓」さん、ペンネームは「栗本 薫」。知っておられますか。名前だけは知っているが、本を読んだことはない。
山陽新聞の「本を語る」で紹介されていたのでふと見たら、1953年生まれで自分と同年令だった。
昨年→膵臓ガンの手術
30代の時→乳がんを患った
膵臓ガン→肝臓へ転移→いまだに闘病は続く
デビューからすでに30年以上書き続けているらしい。次のような言葉が印象的だった。
(1)せっかく貴重な体験をしたので、病室に持ち込んだパソコンで見たまま、感じたままに闘病記を書き始めた。「もともと、嫌なことでも良いことでも、発表したい気持ちがとても強かった」
(2)がん告知の問題については、余命を知らずに「漫然と生きてしまうと思ったら、私はその方がよほど恐しい」。
「死を忘れるな」という言葉も、たびたび登場する。
(3)小説もピアノもすべて、好きでやっていること。それを永遠に続けるだけ。
「ガン病棟のピーターラビット」はポプラ社、567円
(以上、山陽新聞8月24日)
戦争の悲惨さを「忘れないこと」、「語り継ぐこと」という記事が8月中旬には多く載ったが、自分は正視できないので、逆に目をそらして読まない。あまりに残酷すぎたり、あまりに暴力すぎたり、あまりにむごたらしい内容は気持ちが重い。
戦争から63年が過ぎて「風化」しようとしている。
なぜ、戦争への流れが止められなかったのだろうか。
その流れがまだ現在につながっていると思う。
仮にそういう流れになると、今度もまた止められないだろう。
そんな国民性こそ問題である。
戦前に生まれた人も、戦争に行った人も、戦後に生まれた人も、あの戦争のことは誰も思い出したくない。だから戦争のことは貝の中に封じ込められ、いつかまた真っ赤なマグマとなって活火山のように噴出する。歴史は繰り返す。
なぜ、戦争への流れが止められなかったのだろうか。
(今日の夕飯)
焼きうどん
マーボドーフ
あなたの一票が、農業ルポライターへの
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