あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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Kさんの田んぼを訪問

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 イノシシの柵を作り替えたと聞いていたので、今日、見学に行かせてもらった。
 長い竹をそのまま利用して、古くなっていたトタン板をやり変えた。100メートルほど補強するのに10日間ほどかかったらしい。その他の部分は鉄柵で囲んでいる。
 竹の子を狙うので、竹薮の中も左の画像のように囲んでいる。竹薮はかなり急勾配であり、竹を切り出すのも、囲うのも不便だったと思うが、難しければ難しいほど闘志や知恵が湧いてくるらしい。
 右の画像は出入口。
 Kさんは、まことに器用な人だと思う。


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 左の画像は、タマネギのマルチの穴開けに作った農具。
 右の画像は、ユズの果汁を絞るのに考えた竹細工。ユズを竹筒に入れ、内側の竹で押すと、ユズがつぶれて、果汁が下の丼に落ちるような仕組み。

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 そのユズで作った、
(1)ユズ酢
(2)ユズのジャム
(3)ユズ味噌
(4)ユズの皮を醤油と砂糖で煮たユズの醤油煮
 ユズは種しか捨てる所がないと言われる。


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 タマネギは、今年は8千本ほど植えたと言われる。援農が10人ほどあって、1日で終わったが、植え直しが4分の1ほど出たらしい。
 Kさんのタマネギは完全無農薬、完全無化学肥料だが、病気が来ているのを見たことがない。高原地帯であり、乾燥しやすく、平野部ほど湿気ないのが原因だと言われる。
 5月末に収穫したタマネギがまだほとんど腐っていないらしい。
 なお、排水をよくするために畑はすべてゆるやかな「傾斜」をつけている(この地を開墾した時に考えてそうされたらしい)。

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 そのタマネギであるが、今年は画像のネキリムシ(ヨトウムシ)が多く、しばしば見て回って「植え継ぎ」をされているらしい。


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 現在出荷されているメインの作物は、ホウレンソウとニンジン。落ち葉でホウレンソウが隠れてしまうので、薄い毛布のようなべたがけ資材をかぶせている。
 黒マルチに最初に穴を開けてから、畝に敷き、穴に2~3粒蒔きにしている。つまり、定植ではなく直播。
 Kさんのすごい所は、この穴開きマルチをホウレンソウに3回使い、最後にタマネギに使ってから廃棄すると言われる。ボクのように1回使っただけで廃棄はしていない。何回も使う方法は収穫時にマルチをていねいに扱う必要があるし、新たに敷く時にも、穴が畝上にうまく納まるように敷く必要がある。
 普通、有機栽培というと、それほど見事な野菜にならず、栄養が不足してどちらかというと小型になりやすいと思うが、Kさんの作る野菜は市販品をしのぐ見事な外観と味のよさ。

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 肥料はもちろんメタン菌液肥だけであるが、味は「土質」にも関係すると思う。鮮やかな色をした赤土と収穫したダイコン。

 

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 そのダイコンの葉を使った「菜飯」をごちそうになった。最初にチリメンジャコを油で炒め、それに刻んだダイコンの葉を入れ、ダイコンの葉が炒まったらご飯を入れ、塩コショウで味付けすると完了。菜飯にはホウレンソウやコマツナの葉を使ってもおいしくなく、ダイコンの葉だけが合うと話される。なお、このガスはメタンガス発生装置から出たガス。

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 Kさんといえばやはり「メタンガス発生装置」。今まではタンクの周囲を堆肥で囲んで保温していたが、今年は、タンクに黒マルチを張り、その上からポリをかぶせて保温している。外気温が10度くらいでも、タンクの中は17度ほどあり、12月でもまだメタンガスが少し使えるらしい。煮炊き用と風呂の焚き付け。
  大きく見えるが、小さなコンパクトな設備である。

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 漬物にするダイコンをたくさん干していた。

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 Kさんほどの器用な人でも、草刈機の刃は画像のチップソウを使っている。1500円ほどの刃が年に2枚ほどで足りるから、いちいち刃を研ぐことを考えたらこっちを使った方がよいと言われる。

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 6箇所ほどの木にこんな渋柿をつるしていた。シジュウカラという野鳥のためにエサを用意してやるんだと言われる。

 

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 Kさんは「水」にもとても詳しい。手作りのビオトープ。簡易水道も、遠くの山から自分で引いて敷設された。
 このビオトープ(小さな池)は生物の棲みかに作ったもので、ミヤマアカガエル、アマガエル、トノサマガエル、ヒキガエル、イボガエル、小型サンショウウオ、水スマシ、ゲンゴロウ、アメンボ、タガメ、トンボのヤゴ、ドジョウ、エビ、ハエの棲みかになっているらしい。


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八塔寺 Nさんの田んぼを訪問

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  紅葉見学方々、また八塔寺へ行った。しかし、この5日間ほどの冷え込みで、紅葉はすでに終わり頃。秋は駆け足で過ぎていく。
 八塔寺へ向かう時は、たいていここに立ち寄り、河畔の風景を楽しむ。八塔寺川ダム。

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 ここは限界集落。道沿いには、イノシシやシカ避けの鉄柵やトタン板が張り巡らされている。その限界集落から山沿いの道を3キロほど崖沿いに行くと、林の中にぽつんと1軒家が見えてくる。

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 この池まで来るとあとわずか。今日はここでコンビニ弁当を食べ、缶コーヒーを飲んだ。



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 山芋を掘っている傍らで犬が待っていた。大型犬であるが、全く吠えず、愛想がとてもよい。右の画像の白いハウスの後方に鶏舎が4棟ある。すべてNさんの手作りである。

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 左の画像は飼料置き場。Nさんの卵は大阪にあるビオマーケットという無農薬野菜を扱う業者へ出荷しているので、エサもその業者が認証しているエサしか使えない。
 右はオンドリ。オンドリばかりがハウスの入れられていたが、これはメンドリにいじめられたオンドリたち。一時このハウスに避難させて、元通りに元気(羽がきれいに生え揃う)になったら、元の鶏舎に戻している。

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 ここは上記4棟を作る前に、最初に建てた鶏舎。今は全部で成鶏が1500羽ほどいる。ヒヨコでなく中雛で導入し、卵を産み始めて9ヶ月ほどで業者に引き取ってもらうという。卵質が落ちると購入してもらえず、9ヶ月を過ぎる頃から卵質が落ちるらしい。
 以前は鶏舎の前に遊び場を作っていたが「鳥インフルエンザ」が問題になってからは、小屋から外に出していない。


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 野菜はピーマンとキュウリとインゲンの3種類をビオマーケットに出荷している。画像のピーマンの定植数は1200本。他にキュウリ1200本。キュウリが終わる8月上旬に、キュウリの足元にモロッコインゲンを蒔くので、インゲンも1200。そしてニワトリが1500羽。これらを夫婦2人でしている。ボクとは桁違いの規模なのに、あくせくしている風には見えない。しかしこれだけ作っているのだから、収穫は「猛スピード」でしないと、まわっていかないと思う。
 夕方の4時からはニワトリのエサやりがあるので、その頃帰途についたが、1500羽のエサやりを20分ほどでと話されていた。これも「超スピード」。
 人と能力を比べても仕方がないが、これほどやってのけれる人も少ない。
 農業年数が長くなると、他人の田んぼを見せてもらうと、聞かなくても、その人の稼いでいる金額が大体想像できるようになる。
 3人の子供が県外の大学に進学したのだから、それなりの収入がないと行かせれない。

   

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 ピーマンの畝を利用して、その後にタマネギとイチゴを定植している。どちらも自給用であるが、ボクの出荷用のタマネギより定植数が多い。

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 ここはすでに25年以上前に「廃村」になった地域であり、その村全体の土地家屋をNさんが購入して入られた。田畑だけで1ヘクタールほどある。そして古い墓石も多い。1600年代の墓石もある。

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 もうクン炭を焼いていた。
 右は稲を収穫した後で蒔いたと言われるダイコンとハクサイ。ハクサイは定植と同時にネットをかぶせて害虫防御をしたらしく、りっぱな球になっていた。

 

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 Nさんの畝は高い。乗用トラクタに畝上げ機械を取り付けて、畝上げをするらしいが、自分はこれができない。



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 画像はモロッコインゲン。キュウリの後作に、キュウリの畝とネットをそのまま利用して、キュウリの足元に蒔いている。キュウリに元肥がたくさん入っているし、インゲンはマメ科なので無肥料栽培。つまり、蒔いた後は収穫するだけ。


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 1ヘクタールほどの田んぼ全体をこのような電柵で囲っている。イノシシとシカの防御をしている。

 

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 左の画像は入植した時からあった「かやぶき屋根」。資材置き場にしているが、雨漏りが激しく、この冬、トタン板で覆うらしいので、この屋根も見納め。唯一の「かやぶき屋根」が次に訪問する時は見えなくなるのが残念。
 かやぶき屋根の隣の育苗ハウスにも自給用の野菜が植わっていた。


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 画像は堆肥舎。鳥小屋の鶏糞を出したらここに持ってくる。大型機械の置き場にもなっている。画像の右端に見えるのが堆肥を攪拌する農具。


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 他にも農具置き場や作業小屋がある。草刈機などの農具がきちんと整理整頓されている。忙しいはずなのに。



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 家の外には番犬が2匹。家の中にも番猫が2匹。どちらも大歓迎してくれた。


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 帰途、閑谷学校へ立ち寄った。朝10時半頃にそばを通った時は観光バスがすでに何台も止まり、駐車場もいっぱいだったが、午後4時半頃でも、まだ駐車場がいっぱいだった。ここは観光スポットであるが、すでに紅葉は1週間前がピーク。有名な櫂の木(真ん中の画像の2本)の赤葉も黄葉も、ほとんど散っていた。

 


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有限会社 吉備路オーガニックワーク

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今日の出荷


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 ハーブのロケット。もっと大株になるので、ちょっと惜しいが、レタスと合わせてサラダ(生食)で食べるとおいしいので、個人客に少し出荷した。強いゴマ風味。
 生食、おひたし、炒め物と利用範囲が広い。コマツナと同じくらいの生育スピード。種取りも簡単。4月に咲く花もきれいで食べれる。
 家庭菜園では株ごと収穫するのではなく、外葉から少しずつかいで収穫すれば数株で長期間楽しめる。


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チャービル・・・グルメのパセリと呼ばれている

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ルバーブ(ジャム専用)・・・春の5月、6月と秋の10月、11月に出荷できる

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チマサンチュ・・・丸いレタスより箱に納めやすい

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今年最後のナスビを出荷

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春キャベツの育苗

 
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ソラマメの育苗


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タマネギの育苗
 

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 右端の茶色に見えるのがハクサイ。130本ほどしか植えていない。まだ中心部は青いので出荷できると思う。左から順に、
(1)ダイコン・・・・・・・・・・・・・・・・30メートル
(2)カブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30メートル
(3)キャベツ(早生、中生)・・・・・30メートル
(4)ハクサイとブロッコリー・・・・・30メートル
 ここ数年はこれくらいしか植えていない。上記4つは同面積の作付にしている。この内、イタリア料理店からの注文はほとんど「カブ」だけなのに、カブが最も害虫に好かれる。

 

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お墓の上から写した 

  
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池の堤防から写した



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今日のニワトリ


 近所のおばさんが「一昨日イノシシが来て畦を掘り返された」と言われる。うちと同じ日にイノシシが来たんだなと思った。その話で不思議に思ったのは、うちの田んぼでも「畦(あぜ)」が掘り返されていた。田んぼの中と違って畦には何もない(ミミズもいない)はずなのに、何のために掘り返したのだろう。池の土手は「クズの根」がたくさんあるので掘り返す理由はわかるが、畦にはない。

 我が家は国道2号線より南にあり、赤穂線で岡山駅まで30分、車では45分という「市街地近郊の農村(市内は通勤範囲)」なのに、こんな場所までイノシシが押し寄せてきている。ということは、すでに県下の9割近くがイノシシの被害区域に入っている。

 明らかに増えすぎている。本腰を入れて駆除してもらわないと手遅れになる。
20年前・・・イノシシが出るなど想像もしなかった。
現在・・・・・・時々イノシシが出没するようになった。
20年後・・・農業に「イノシシ防御」という能力が必要となる。



有限会社 吉備路オーガニックワーク社長のKさん


 昨日の山陽新聞に総社市のKさんが紹介されていた。Kさんは国の「有機JAS」と岡山県独自の「有機無農薬農産物」の両方の認定を取得して、主にニンジンを作る大規模農家である。スタートした頃、よく田んぼ見学に行かせてもらった。しかしここ10年ほどはご無沙汰している。それは、Kさんの農業力があまりにすごいので、見せてもらっても参考にならなくなったからである。
 
 Kさんは現在の農業を、スタートした頃からイメージできていたのだろうか。それともやっているうちに次々と脱皮していったのだろうか。どちらなのだろう。
 
 すでに経歴は知っていたが、新聞により詳しく載っていた。
年齢・・・・・60才
有機農業を始めた時期・・・1982年
農業歴・・・26年(34才でスタート)
前職・・・喫茶店経営
転職理由・・・自然食の食堂を開こうと見学した農家で興味を抱き転身。
面積・・・3ヘクタールでニンジンを有機栽培(年間130トン出荷)
従業員・・・20~30代の若手従業員が5人
その他・・・米と大豆も手がけている。

 青虫からサナギへ、サナギから蝶へと次々と脱皮されたのだろう。見学させてもらった時に、すでにその片鱗が見えていた。
 
 当時は、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、ダイコンを主に作られていた。しかしスタート時点はなんと「ワンパック宅配」だったのである。その時に伺ったら「400万円」と言われていた。ただ、ボクが見学させてもらった時はすでにワンパックは止められていた。たった4年ほどで「ワンパックの収入の限界」を見て取られたようだ。
 
 ワンパックから品目をしぼり数種類を専門的に作られるようになった時、県外への自然食品店へ売り込み(営業)に足しげく通われたらしい。
 
 元々の地元農家ではないので、確か総社市で最初は農地を買われたようだ。現在は借地で規模拡大をされているらしい。
 
 喫茶店を経営されていたくらいだから、独立心も旺盛だったのだろう。ただ当時から、資本力、野菜を育てる技術力、顧客を探す営業力、大型倉庫を自力で建てる大工力、大型機械の駆使能力と驚かされることばかりだった。それなのに、月とスッポンのボクの田んぼを参考になるからと時々見に来られた研究熱心さ。ニンジンの有機栽培では県下随一と思う。

 この地で農業を始められた26年前、Kさんはどこまでイメージできていたのだろうか。
 ある地点に到達した時、次のまた高い位置が見えてきたのだろうか。農家というより農業企業家である。

 自分とはますます差がついてしまった。ボクは最初の3~4年は毎年進歩したが、それ以後は止まってしまったような気がする。スタート後4年目くらいの技術力がそのまま「平行線」になっている。

 農業は自分に向いていると感じたが、農業の能力は伴わなかった。ワンパックをわずか4年ほどで見切りをつけたKさんと、ワンパックから脱出できない自分。

 農業が好きであるが、農業本体に集中できず、農業周辺のことに興味が分散した。いや、農業本体の能力がないことを意識し、本体以外のことに活路を見出そうとした。百姓塾、ハーブ、炭焼き、家庭菜園ヘルパー、エディブルフラワー(食用花)、観光農園・・・。
 野菜以外はハーブしかカネにつながらなかったが、8年目に入ったときにハーブを勉強して、ハーブの営業をしたから、現在も農業を続けることができている。野菜の個人客は長く続けてもらえず、新たにまた個人客を増やす営業はどうやったらいいのか思いつかなかった。

 ただ、ワンパックの必要性に迫られて、月に1回書いていたミニコミ(翌月の野菜の種類と翌月のお届け日と野菜状況)が、いつの間にか、あまり負担でなくなり、やがて「やりがい」になった。
 
 ワンパックという農業形態を選択したために副次的に備わったあめんぼ通信が19年という歳月の経過とともに、農業以上に大切なものになってきた。

 農業をスタートした頃には、ワンパックを最後まで続けるだろう、面積はこのままで広がらないだろう、40軒ほどの顧客なら見つかるだろう、200万は無理でも150万ほどにはなるだろう・・・と考えた。それ以上のイメージは何も浮かばなかった。 

 今、農業者である自分に誇りを持っている。だからKさんや、他の若い農業者を「嫉妬したり」、「うらやんだり」する感情はない。「自分らしさ」を徹底して追求しようと思う。


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(今日の夕飯)
ナスビ、ニンジン、タマネギ、キクイモの炒め物・・・削りぶし
レタス
春巻き・・・市販の惣菜


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和気町のNさんの田んぼを訪問

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 午後から、国の重要文化財に指定されている「大国家」を見学に行った。この家は築250年が経過し、民家建築では唯一と言われる比翼入母屋造の屋根構造等が珍しいらしい。
 今日は、その大国家の親戚であり、この家に下宿して岡山大学の医学部に通われたAMDAの菅波 茂さんの講演も大国家であった。

 
 その帰途、すぐそばのNさんの田んぼに伺った。Nさんの田んぼはすべて
(1)不耕起栽培
(2)無肥料栽培(肥料は何も入れない)
(3)無農薬栽培

 しかし、下の写真のような見事なできばえである。不耕起栽培がどんな田んぼ風景なのか、ちょっと下のどれかを拡大して見て下さい。

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 上図のような不耕起栽培に加えて、化学肥料はもちろんのこと、有機肥料も全く与えず、そして完全無農薬と徹底している。

 りっぱな野菜ができている理由は、
(1)毎年、藁や草を敷き詰めてきたのですでに土が肥えている。
(2)動物性肥料を与えていないので、害虫が少ない。
(3)周囲が稲田である。
 等が考えられる。


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 上の画像は稲やキビの種取り。

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 Nさんの鳥小屋。とても器用な人であるが、鳥小屋はこういう作り。こんな鳥小屋をみると、自分でも作れる(飼える)と自信になるのではなかろうか。
 ニワトリを5羽ほど、軒下で飼い始めることが、日本を変える運動になる。
 環境がどうのこうのと言う前に、まず自分でニワトリを5羽ほど飼ってみよう。

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 稲に関しても、耕さず、肥料も入れず、農薬ももちろん使わない。それでいて収量は慣行農法より多いと言われる。

 左は慣行農法の機械植え。右はNさんの植え方。株間を機械植えの3倍ほどあけ、しかも、たった「2本植え」なのに、慣行農法の2倍くらい分けつしている。

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 上の画像を見て頂くと、Nさんの稲の状態がわかると思う。なお、畦岸に植えている大豆は深緑色で、肥料が効きすぎた感じ。しかし実際は無肥料栽培。肥えすぎて実つきが悪いと言われる。



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 Nさんが作っている古代米。手前に普通の稲があるので、背の高さの違いがよくわかると思う。


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 近所の人が古代米を作っている田んぼがあるから見せてあげるといって案内してくれたのが上の画像。4種類の古代米。

 ずっと以前はいろんな種類の稲が作られていたが、経済一辺倒(多収)
の稲に淘汰されて、今はごく少数の「稲に目覚めた農家」が種を次世代に残していくために作り続けているらしい。

 

 Nさんは「ライフスタイルとしての農業」をしている。米を少し売っている程度で、農業はあくまで「自給」を中心にし、収入は、農業以外の仕事から得ている。
 
 現役世代でこういう農業スタイルをとっている人を何人か知っている。そして、こういう生き方をする人は、アルバイト的生活と自給農業のバランスをうまく取りながら、田舎生活をおくっている。

 農業にもいろんなやり方があるし、農業を通しての生活スタイルもいろいろである。20世紀は、スペシャリスト農家、規模拡大、機械化だったが、21世紀の農業は、規模縮小農業、アルバイト+自給農業、半農半X、機械化農業から肉体農業へと変わっていくだろう。

 農業への入り方もいろいろである。自分は「環境」とかは全く考えなかった。
 
  農業を始めたのは

 求めていた専門職に挫折したからであり
 組織にうまく調和できなかったからであり
 それが原因で青天の霹靂のごとく農業がひらめいた
 
 農法も
  
 器用でないからハウスが建てれない
 果樹は不得意な作業が多い
 特定作物を大面積作るのはできそうにない
 できれば農薬や化学肥料は使いたくない
 規模は30~40アールほどが限度だろう
 旬のものを旬に作る家庭菜園型がいい
 いろいろ考えたが、本に出ていたワンパック宅配型ならできそうな気がした
 ワンパック宅配型は外観はこだわらなくてもよいが、安全性のウエートは高くする必要がある
 そんな消極的理由の農法である。今でも・・・

 自分の寄って立つ農法は

 慣行農法でもない
 有機農業でもない
 不耕起農法でもない

 少しは農薬も使い、少しは化学肥料も使い、2年間だけ不耕起栽培の田んぼはあるが、通常は耕起栽培であり、農業資材はあまり使わないが、黒マルチは使っている。言ってみれば、「最低限の科学の恩恵は活用する農業」。悪く言えば「中途半端農法」。
 これが自然と思っている。
 
 完全無農薬
 完全無化学肥料
 無肥料栽培
 不耕起栽培
 
 このような農法が、21世紀に広がっていくとも思えない。
 
 最低限の科学の恩恵は受けてもよいと思う。 
 
 この農法をするには、中間業者を通さない直接の顧客を確保する必要がある。
 
 有機野菜でも、中間業者を経由すると、いわゆる「JAS」のような認証が必要になる。直接販売なら公的な認証など必要なく、農業者と顧客の信頼関係で成り立つ。そして、自分自身の農法を展開できる。

  
  
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(今日の夕飯)
サバ
ナスビの煮物
酢豚風


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棚田めぐり、農業が再生される道

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  また、棚田めぐりをしてきた。自分の場合、棚田が好きというよりも、日常からの脱出が棚田めぐり。
 
 1泊2日でガソリン代を含めても1万円以内で行って帰れるので、手軽な気分転換である。
 
 本当は大阪でぶらぶらしたいが、新幹線代を入れると、1泊2日で2万円で納まらないし、赤穂線、姫路から新快速では、片道2時間以上かかり、これは時間がかかり過ぎる。

 ここの棚田は家から1時間半もかからない。もう道が慣れたので近道もわかる。ワンパターンの同じコースを4回目なので、デジカメ撮影のポイントも決まってきた。前もここで写したと思い出す。

 定点は決まっていても、風景はそのたびに異なる。

コースは
(1)北庄の棚田(日本棚田百選の一つ)。
(2)大併和西の棚田(日本棚田百選の一つ)。
(3)北籾の棚田(日本棚田百選の一つ)。
(4)農家民宿(園田ファーム)。
(5)北庄の棚田は広いので、帰りにもう半分を見て、その後、国道53号線を渡り、広域農道を利用して吉井川水系の奥塩田の棚田へ。
(6)奥塩田から、英田町、上山の千枚田へ行くが、この千枚田はすでに8~9割方が荒地になっている。
(7)上山から佐伯町のリンゴ園を通って、田土の棚田へ下りる。
 上の画像は北庄の棚田



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 大併和西の棚田は、県下一と言われるだけに、スケールも大きく、荒地が少ない。もちろん休耕田も少ない。


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 上の画像は北庄の棚田。
 北庄の棚田、大併和西の棚田、北籾の棚田は場所的に接近しているが、初めての場合は場所がわかりづらい。その場合、紅花亭(ソバの店)を基点にして3方に分かれる。


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 園田ファームの夕食。


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 夕食もだが朝食が豪勢。今日は栗ご飯がおいしかった。家の下にある菜園もよく手が入っていた。

 

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 奥塩田の棚田。棚田は総じて「石垣」で作られた田んぼである。どこの棚田の周囲を見回しても、石垣に使えるような石は見当たらないのに、かなり大きな石がたくさん使われている。
 
 先人は、いつ頃、どのようにして、この石垣を作ったのであろうか。
 
 10年後、まだ棚田の稲作風景が残っているだろうか。いったん崩れ始めると早い。そして、荒地が多くなると、棚田の景観はいっきに崩れる。

 米は今、作るな作るなと言われているが、棚田は逆に補助金をつけてでも、作ることを奨励してもらわないと、経済的理由や高齢化で近い将来作れなくなると思う。
 集落営農などで棚田保全の動きがあるようである。

 
 何百年も続いてきたであろう棚田の稲作風景が、経済のグローバル化や経済至上主義が理由で壊れつつある。一度壊れると稲作は復帰が困難だと思う。特に棚田は一般の田に比べて、元の田になかなか戻せないだろう。

 

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 最後が田土の棚田。右の画像は「ソバ」。今回はどこの棚田でも、ソバをよく見かけた。ソバは8月に種蒔きをするらしいが、9月のお彼岸にはすでに開花しているので、生育スピードが速い。
 ソバは契約栽培と思う。


 たった1泊しただけだが、頭を現実に戻すのにちょっと時間がかかる。昨晩は夕食を頂いた後、8時には寝てしまい、いったん11時頃に目覚めたがまた寝てしまった。
 
 昨日、昼食を食べてから出発し、今日帰ってきたのは昼の1時過ぎだったので、正味、まる1日だった。
 
 道順やデジカメポイントに慣れてしまうと、朝早く出れば、これだけの行程でも日帰りコースになるなあと思った。

 
 機械操作を誤ればかなり危険だろうと思う棚田も、まだ多くが作付されている。有名な棚田だからかも知れない。
 
 他所で働きながら日曜百姓で、もしくは、定年後に本格的に始めて、先祖代々の土地を守り続けているのかもしれない。問題は次の代もそうするだろうかという点。次の代は、もうこの地を離れていて、定年まで帰らない。もしくは就職先の近くに新築していて、墓参りくらいしか帰らないかもしれない。

 農業がこんなに廃れる理由はなんだろうか。農業では生活ができないからである。異常気象や害獣の増加、農業経費の増大で、ますます採算が合わなくなっている。

 守るためにはやはり補助金が必要だろうか。ならばその補助金は永遠に続く必要がある。補助金が途切れると採算は合わなくなる。

 補助金漬けの施策を非農家の人が認めるか、もしくは、補助金がなくてもやっていける農業に脱皮する必要がある。

 補助金がなくてもやっていける農業とは、まさに自給自足型の農業であり、そんな農業をやっても生活が成り立つ必要がある。

 それには、現在の経済システムから「超越」した点に立脚するする必要がある。
(1)貨幣を仲立ちとしない経済システム。
(2)経済特区(自給自足特区)の創設。
(3)資本主義システムからの脱出

 これらのテーマに真剣に取り組まない限り、農業が再生される道はないと思う。

 

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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