あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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野菜の味の違い

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  今日は岡山県自然保護センターでデジカメ講座があったので行った。ここは丹頂で有名である。


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 その後、近くにある田土の棚田見学に行った。今年は農家民宿のある久米南町の棚田へ行っていたので、地元の吉井川水系の棚田は、去年の秋以来である。

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 田土を山越えすると、同じ佐伯町のリンゴ園に行ける。リンゴ園から南山形の棚田を通り、大芦原の高原温泉のそばを抜けて奥塩田の棚田撮影に行った。このコースはいつものパターンである。


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 奥塩田からKさんの家は20分ほどなので寄らせてもらった。画像はメタンガス発生装置。
 メタンガス発生装置の後に見えるのは、風呂場とトイレのある建物です。


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 前回も紹介しましたが、これはKさんの手作りのログハウス。同じようにネパールに関係している人が、地元の岡山や大阪、東京から来られると、ここに泊まられています。

  
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 左の画像は囲炉裏。部屋の前に竹で編んだバルコニーがあります。 
  右はオンドルです。北海道でよく利用されているものですが、オンドルもメタンガス発生装置同様、ほとんど独力で考案されています。自分はその仕組みが全く理解できない。

 

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  手作りのビオトープ(水辺)。この水を野菜に使われています。
 山の水源地から山水(簡易水道)を引く工事も、かなり以前に、地域の人にアルバイトの応援を頼んでご
自分で敷設されています。
 創意工夫というか、知恵というか、自給自足の生活に最低限必要と思われることを、誰の力を借りることもなく、ちょっと教えてもらったり、現場で見せてもらったりするくらいで、だいたいのことはわかるそうです。
 カネがなかったから、全部自分でするしかなかったと言われるが、家を建てる時にブロックの積み方がわからなくて、土建業の親方に聞きにいき、儲けたら払うのでブロックも譲ってもらえるように頼んだら、やるといわれたが、その何年か後、その親方が町議会議員に立候補した時に、代金と酒をもっていったら、たいそう喜ばれたらしい。

 今日は、ネパールで出合った東京の人がはるばる訪問されていた。
 
    

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 夕食の準備をされている間、8分ほど先にある「本山寺」という寺の見学に行った。
 左は三重塔(国指定文化財、1652年)
 右は仁王門(県指定文化財、1686年)
 他にもたくさん建物があったが、特にこの二つがよかった。仁王門の中には、鎌倉時代に活躍した運慶、弁慶作のような木造?の仁王が立っていた。
 こんな建物を見ると、400年前の人間の方が、いろんな能力がはるかに高いと思う。
 この建物周辺もKさんの集落も、現在は「超限界集落」であるが、ちょっと前まで、たった84年前の大正時代の頃まで、何百年も豊かな営みが続いていたことが、この近辺の寺や神社の歴史でわかる。

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 Kさんの田んぼを借りて野菜を作られているご夫婦の手料理で、東京の客人を入れて5人で夕食を頂いた。

トン汁・・・ナスビ、ナンキン、タマネギ
キュウリ
キュウリ、ニガウリ、青シソの酢の物

 野菜は食べ比べした時に始めて味の比較ができるが、Kさんの野菜はキュウリのような生で食べる野菜、ニンジンやジャガイモのような根菜類で、極めてはっきり味の違いが出る。どうしてこんなにおいしいのだろうと考えると、
(1)赤土(この土が本来持っている力、潜在能力)
(2)水(清い水)
(3)生育期の水の加減(過湿だったり過乾だったりしない)
(4)メタン菌液肥の適量(多くも少なくもない))
(5)最適期収穫(未熟でも過熟でもない)

 その野菜がどれくらいハイレベルであるかどうかは、食べ比べした時に始めてわかる。


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新聞・本・ブログ・三者三様

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 左から、サトイモ、スイートバジル、ニンジンの発芽状況。
 雨がよく降った。この雨を最も喜んだのはサトイモ。水をまわせる量によってサトイモの作付量が決まる。今は150株ほどが限界。個人客は少なくなっているのでこれだけで足りる。
 9月に早掘りするのはちょっと惜しい。
 10月が旬であり、最もおいしい。
 11月、12月、1月、2月と、成長ピーク以後、いらぬ水分を吸ったり、寒さにあたったりして、月ごとに味は落ちていく。

 ハーブの中ではスイートバジルの水の要求量は多い。4月1日に種を蒔き、5月末から収穫が始まり、今日で3ヶ月経過。残りは2ヶ月余り。元肥だけで、まだ追肥は1度もしていないが、バジルの伸長力はすごい。

 大雨にも負けなかったニンジン。播種後、ニンジンは土をかけないので、クン炭を多く降るが、強い雨脚の時はクン炭が効果的である。

  
  

  
 と新聞とブログは、それぞれ独立した効用があり、どれかが増えたからどれかが減るということは少ないと思う。

本・・・体系的に読めるのは本だけ。

新聞・・・ブログだと自分の好きなことや興味のある記事しか開かないが、新聞ではそれ以外の記事も目に入り、それが参考になったり、取捨選択も簡単にできる。つまり、ブログは専門的、新聞は教養的。目的が全然違うから両立する。

ブログ・・・自分のブログを開始すると、他のブログを見る時間がなかなか取れない。自分のブログに集中しようとするとなおさらである。ブログは読むというより書くという媒体である。同業者のブログはなかなか読めれない。全然関係のないペットとか料理ブログを気分転換に見ている。

 つまり、

 新聞・・・勉強
 本・・・楽しみ(しかし、時間がないので全く読んでいない)
 ブログ・・・気分転換、癒し(ペット)、満腹感(料理)


 

 ほぼ無菌状態の密閉型「クリーンルーム」で無農薬野菜を生産する国内最大規模の野菜工場が、福井県美浜町に完成した。9月から本格出荷を始める。
 農業ベンチャー「フェアリーエンジェル」(京都市北区)の工場。
 価格は露地物の約2倍だが、年間300万株の野菜を生産可能で、レタスなど8種類を栽培する。
 農薬以外に土も使わず、洗わなくても食べられる安心感が、妊婦や子育て中の女性に受けているという。
 食品偽装がはびこる外気から遮断された「清潔さ」が生命線?(朝日新聞8月30日)

 次々に建設されるような気もするが、
(1)太陽にあたらないわけだが、栄養素は露地物とくらべてどうなっているか。
(2)レタスなど8種類と書かれていたが、軟弱野菜で、成長までの期間が短い「葉物」が主体になるのだろう。
(3)価格は露地物の約2倍らしい。2倍に設定しないと採算が合わないのだろう。
(4)土からだと各種ミネラルなど、多種の栄養素も野菜に取り込まれると思うが、水耕栽培だと、その水の中の栄養素以外のものは野菜に取り込むことはできない。
(5)その昔、人糞から化学肥料に変わった時、清浄野菜と呼ばれたらしい。
(6)無菌状態の密閉型なら、野菜の「ニワトリ化」だと思う。しかし、鳥インフルエンザは、システム化された養鶏工場で発生することがほとんどである。
 地べた飼いで発生源になったのは、大分県のペットのチャボだけである。
(7)工場レタスも露地レタスも生育スピードはほとんど変わらないと思う。
(8)味と日持ちは露地物と比べてどうだろうか。
(9)害獣の被害もないし、天候による被害もない。
(10)N(窒素)、P(リン酸)、K(カリ)は計算して投入されるはずだから、無農薬ではあるが、化学肥料野菜と言える。
(11)コンピュータ管理だろうから狂いはないのだろうが、何か一つでも雑菌が入れば致命的と思う。

 

 
 土曜日の朝日新聞には「惜別」という記事があり、生前、立派な業績を残された人の人生が紹介されている。今日は、国語学者の「大野晋さん」、ポーランド文学者の「工藤幸雄さん」、カンボジア自動車整備の父「馬 清さん」の3人だった。どの人も全く知らなかった人であるが、その中で、馬 清さんの記事に
 『5月末に不調を訴えて急逝。現地での葬儀では教え子たちが、7月末に東京であった「偲ぶ会」ではゆかりの人たちが死を悼んだ。カンボジアを愛してやまなかった馬さんの遺灰は、遺族や友人たちの手でプノンペンを流れるメコン川に流された。』 とあった。
 
 朝日新聞には先日の投書が載って以後、「お骨」か「灰」かでまた何人かが投書していた。そのことが頭に残っていたから、今日の馬 清さんの「遺灰は遺族や友人たちの手でプノンペンを流れるメコン川に流された」に目が留まった。
 
 遺骨、遺灰の論点よりも、「葬儀代」と「墓石代」という「ハコモノ」に日本では多大な出費が必要になる。「形を整える」「体裁を整える」「世間体を整える」という「形」が最も重視される。
 田舎の集落墓ではすでにほとんど「先祖墓」ができている。戸別墓ならともかく、集落墓では「墓石を持たない自由」はない・・・。

 釈迦は2500年前に死んだ時、自分はどこにも生まれ変わらないことを確信しながら、安らかにに逝った。寿命のある限りを静謐に過ごし、死んで完全に消滅することが、釈迦の一番の望みだったのだ。彼が最高の目的とした、その「完全な消滅」を涅槃(ねはん)という。仏教とは「正しく涅槃に向かう道」なのだ。(花園大学教授 佐々木閑)朝日新聞8月30日


 

 
 医学部の定員増を検討・・・全て認められると、総計で08年度より約770人多い8560人程度となり、ピーク時の8280人(82年度)を約280人上回る。

 入り口(農業)は減るばっかりで、出口(医者)ばかりを増やしても、事態は好転しない。つまり、口から入れる食べ物がまともでなくなっているから、内臓はぐちゃぐちゃ。我が家も1品は市販の惣菜であることが多いから、農家といえども、あまり徹底できていない。
 毎年の新規就農者数(現役就農者数)は岡山県では平均すると120人ほどであり、単純に47都道府県を掛けると5640人。


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(今日のニワトリ)

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(今日の夕飯)
ミートソース
ナンキンの煮物
キュウリの酢の物

 


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春夏野菜は9月から後半戦

  スイートバジルやツルムラサキの収穫時に、生まれたばかりのような小さなアマガエルをよく見かける。
 アマガエルをよく見かけるということは、この場所がよい「えさ場」になっているということ。
 
 スイートバジルもツルムラサキも害虫の少ない作物と思っていたが、実際はこれらの天敵の活躍も大きいのかも知れない。カエルは、一晩に1000匹ほどの害虫を食べると言われている。

 近くに「ビオトープ(水辺)」もないし、アマガエルがこの時期、どこで孵化したのか知らないが、田んぼの大きな助っ人である。

 

 今日、出荷の帰りにスーパーへ寄ったら、立派なピオーネが並んでいた。ボクはブドウのような作物は特に苦手である。自給用に1本植えておこうと思い、過去に3回ほど苗を購入して植えたが、3回とも植えて1年も経過しない間に枯れてしまった。土地が合わなかったのか、自分の育て方が下手なのか、3回も失敗すると、もうブドウは止めておこうという気持ちになる。
 
 ブドウは植えてから成り始めるまでに3年かかるし、2年目には「ブドウ棚」作りがあるし、害虫や害獣避けのネットや柵が必要であるし、雨避けのハウスも必要である。
 
 ブドウのような果樹は、いろんな能力を要求されると思う。農業を始める前から、自分は果樹はできないと思った。野菜は「作る」というより「できた」という感じであるが、果樹は明らかに「作る」という感覚である。イチジクや柿やキーウイのように「できた」という果樹も多いが、それは自給用の場合であり、出荷となると量とサイズと外観をそろえる必要がある。
 
 このように、一口に農業者といっても、ピンからキリまであり、往々にして「その農業形態しかできない」という人が多いと思う。あれもこれもできる人は少ないと思う。自分の場合は極端かも知れないが、今やっている農業以外は全くできそうにない。
 
 作文も同じと思う。唯一「ブログ的な書き方」はできるが、他の書き方はできると思えない。詩や短歌や俳句、10枚以上の長文などは書ける気がしない。2~4枚の短文をべたべた貼り付けるような書き方しかできない。これが自分の唯一の作文形態。農業と同じ。
 
 長期戦になるだろうから、生活の中にブログがあるようにしたいが、ブログ中心になってしまい、他のもろもろの時間を奪われている。何とか工夫をしないと。

 

 
  春夏野菜はこれから後半戦に入る。

6月中旬~、7月、8月・・・・・・前半戦(2ヶ月半)
9月、10月、~11月中旬・・・後半戦(2ヶ月半)

オクラ、キュウリ、ニガウリは10月10日頃で終わる
エンサイ、ツルムラサキは11月中旬頃まで
ナスビ、ピーマンは11月10日頃まで
青シソ→花穂シソは9月末頃まで

 春夏ハーブは、

レモンバーム・・・・・・・11月上旬頃まで
レモンバーベナ・・・・・11月上旬頃まで
レモングラス・・・・・・・・11月上旬頃まで

タイム類・・・・・・・・・・・・常緑草
ミント類・・・・・・・・・・・・・年明け1月中旬頃まで
セイジ・・・・・・・・・・・・・・年明け1月中旬頃まで

ローズマリー・・・・・・・常緑草
イタリアンパセリ・・・・常緑草
スイートバジル・・・・・11月上旬頃まで

 11月上旬頃まで延びる野菜やハーブは、9月中に一度追肥しておくと「色落ち」がしないように思う。
 メタン菌液肥の追肥は、黒マルチを作物の根元まではがす必要があるので、面倒で、今まではどの作物も追肥はほとんどしなかった。
 今年は、黒マルチを定間隔で破り「化学肥料」の追肥を一部の作物にしようと思う。化学肥料なら、メタン菌液肥のように「あたる」ことはない。

 

 
 来週はもう9月。例年なら今頃は残暑が厳しく、田んぼも渇いている時期であるが、ニンジンを蒔いて以後、雨が降ったり止んだりが続き、雨量も多かったので、田んぼは逆に過湿状態になっている。残暑も急に過ぎ去ったかに見える。

 すでに棚田は稲刈りが始まっている所もある。9月のお彼岸頃までに棚田見学に行かなければ、黄金の稲穂を写すことはできない。畦岸に咲き誇る彼岸花を撮るにも9月のお彼岸頃が最適期である。
  
 アブラナ科野菜は他の野菜に比べて害虫が多く、ここ数年はアブラナ科四天王(ハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブ)にブロッコリーを加えた5種類しか作らなくなった。
 その中でも害虫の多い順番に
1位・・・カブ
2位・・・ハクサイ
3位・・・キャベツ・ブロッコリー
4位・・・ダイコン
5位・・・ロケット(ハーブでは数少ないアブラナ科に属する)

 カブはやられてもダイコンは免れる場合が多い。ロケットは定植時期が10月だから、育苗の期間だけ注意すればよい。

 害虫の発生は9月中旬過ぎから多くなるから、それより少し早く植えたり蒔いたりしている。

 定植と種蒔きを同時スタートすると、害虫チェックがしやすい。アブラナ科作物の「ずらし蒔き」はリスクが大きい。

 被害にあうと、寒さに向かう秋冬野菜は蒔き直しが難しいので、1回で成功させる必要がある。アブラナ科四天王の入らないワンパックは考えられないので、失敗は致命的。
 自分の場合は、ハクサイとキャベツの定植後、及びダイコンとカブの種蒔き後は、害虫を見越して粒状の農薬を株元もしくは蒔き床に散布している。たいていその1回だけで何とか被害を免れる。

 今後の予定は、

9月2日頃・・・チャービル(ハーブ)の種蒔き
9月7日・・・・・シュンギク第1回目
9月12日頃・・・ハクサイ、キャベツ定植、ダイコン、カブ種蒔き、ロケット第1回目、シュンギク第2回目、チャービル2回目(失敗した時)
9月21日・・・タマネギ種蒔き、ロケット第2回目
9月26日・・・ホウレンソウ第1回目、ロケット第3回目

10月2日・・・ホウレンソウ第2回目、春キャベツの種蒔き
10月5日・・・ホウレンソウ第3回目
10月中下旬・・・ワケギ、ニンニク、ラッキョの定植 
10月20日・・・ソラマメ種蒔き

11月9日・・・エンドウ、グリンピース、スナップエンドウ、春レタスの種蒔き 

 
 秋冬作は数年やってみると手順が簡単なことがわかる。

9月中旬→アブラナ科野菜の定植と種蒔き

10月中下旬→ロケット、ホウレンソウの定植(直播する人がほとんど)

11月中下旬→タマネギ、ソラマメ、春キャベツの定植
 


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3025億円のバラマキ

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 左はニンジン、右はインゲンの発芽。

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 昨晩は雨がよく降った。この雨で今までの渇きは全て帳消しとなったほど降った。これでもう井戸水のポンプアップはしなくてもよいと思う。まるで生き返ったような、左がヤーコン、右はツルムラサキ。確かに「水肥え」だった。
 次のポンプアップは、キャベツとハクサイの定植、ダイコンとカブの種蒔きをする9月12日~9月14日。

 
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 オクラも大量に水を必要とする。右のサツマイモもこの雨でやっと一息ついた。月、水、金と出荷する作物はコンスタントに水やりをしたが、目先の出荷に関係しないサツマイモの水やりまでは時間がまわせなかったので、雨水頼りだった。

 
 
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 秋のアブラナ科野菜の育苗は油断がならない。失敗すると後がない。ポイントは、
(1)右の画像のような白い寒冷紗で虫除けをする。
(2)育苗末期に肥料切れを起こすので、画像の液肥を1000倍ほどに薄めて日々の水やりの時に散布する。
(3)注意深く成長を見守り、右のスプレー式農薬を散布することもある。

(イ)市販の育苗土だけなら肥料切れを起こさないが、クン炭で2倍に増量しているので、育苗の後半に肥料切れが起こりやすい。
(ロ)画像の寒冷紗に代えてから害虫の被害が少なくなった。
(ハ)育苗初期に強い雨にあたるとよくないので、雨の時はこの上からポリをかぶせて雨避けをする。

 

食糧自給率向上に3025億円

 農林水産省は09年度予算の概算要求で、食糧自給率向上にかかわる予算を3025億円にする方針を決めた。
 主な新規予算
(1)米粉、飼料用米、麦、大豆などの生産補助→526億円
(2)耕作放棄地を再生するための補助→230億円

(3)外食産業向けの野菜、果実の生産補助→80億円

(4)省エネ型漁業への転換をした上での燃油補填など→220億円

(5)農機具の燃料を減らした上で燃料高騰分の一部などを補助→39億円

(6)肥料を減らした上で高騰分の一部などを補助→22億円

 一般会計全体の要求額の約1割を占め、自給率の向上に力を入れる姿勢を打ち出した。

 燃料油や肥料などの高騰対策には、前年度のほぼ2倍の1400億円を要求する。

 自給率向上の最大の目玉は、主食用から米粉や飼料用の米作りに転作する農家に対する補助制度の新設。10アールあたり5万円を補助。(以上、朝日新聞8月28日)

 農業への単なる「バラマキ」に過ぎないように思う。今のような状況が続く限り「バラマキ続ける」必要がある。補助が止まるとその時点で立ち行かなくなる。
 
 今は農業形態の変更が求められていると思う。
つまり、
 飼料を外部依存しない(できるだけ自給)、肥料を外部依存しない(できるだけ自給)、規模を縮小して、大型機械の依存から脱却し、多数飼いの動物虐待を止め、農業資材をあまり使わず、ハウスやハウスの加温設備を控えて旬に忠実に、こんな方法へ変更する必要がある。

 従来通りの農業形態を保持するための補助金であるなら、単なるバラマキで終わってしまう。
 農業形態の変更は人生を変えるくらい難しい。

 
 3025億円を未来の展望が開ける農業補助金にするためには、既存の農家ではなく、ロストジェネレーション世代(30代)に対する「山村移住のためのライフラインと社会保険料補助」に、年間60万円の補助を5年間継続。
 特定の農家を支援するのではなく、小さな自給自足的農家を1軒増やすことが、山村の風景や、山村の地域や、山村の山河を守り、次の世代に農業を伝えることにつながる。
 小さな自給自足的農家は、「単なる自給率の向上」には何の貢献もしないように見えるが、それ以上に緊急を迫られている「農山村の維持」に多大な貢献をしてくれる。これは経済に換算できない貢献である。
 
 淘汰されるべき農業形態は淘汰される必要があると思う。
 
 既存の農家でなく、次の世代の30代に「まだ見ぬ農業」「まだ知らない農業」「違った世界がある」「違った生き方がある」援助、これが年間60万円×5年間=300万円の山村移住補助金である。
 3025億円÷300万円=約10万人に、山村暮らしという新しい人生を提示できる。
 もし3025億円のバラマキが毎年必要なら、毎年10万人の人に新しい人生を提示できる。

 

 総務省は経済活動を総合的にまとめた「産業関連表」の2005年分を発表した。国内生産額の割合は、
第3次産業・・・58.6%
第2次産業・・・40.0%
第1次産業・・・・ 1.4% 
 産業関連表は5年ごとに集計。原油価格上昇の影響分析などに活用されている。(山陽新聞8月27日)
 
 第1次産業の土台の上に、第2次産業や第3次産業が成り立っている。食べ物を他人や他国に依存し続ける事のできない現実が迫っている。


 
 軽油高騰分の燃料サーチャージの導入は、航空業界が100%、船舶の国内航路で30%程度導入されているのに比べ、トラック業界は10%以下と雲泥の差がある。
 受注競争が激しく、実質的な値上げを荷主に要求しにくい。(山陽新聞8月27日)
 農家も、トラック業界も、大企業の下請け企業も社会の底辺なのだろう。ひずみはいつも底辺だけに来る。



 中山間振興へ情報交換、モデル地域が活動報告
 
 中山間地域の振興が叫ばれているが、ライフラインや社会保険料の支払いが、日本全国津々浦々で同額、もしくは田舎の方が高くなっている状況では、これといった産業もない田舎では生きていけない。
 田舎では田舎らしいシステムが稼動されていれば、田舎でも生きれるが、田舎の隅々まで東京と同じシステムでは住めなくなる。まずこれを覆して、経済以外の価値尺度を第一番目に持ってくる必要がある。
 とにかく「特区村」を作る必要があると思う。たとえば、
(1)メタンガス発生装置設置の特区村
(2)上水道ではなく山水利用の特区村
(3)有機農業特区村
(4)1軒に1頭の牛もしくは10羽のニワトリ等、家畜飼育村
 全ての価値尺度が「経済」になっている現実では、中山間地の振興はありえない。滅びるのみ。 

    
 
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(今日の夕飯)
焼きナス
オクラの湯通し
みりん干し
カツフライ・・・市販の惣菜
  
 

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企業と農協と農家の3者が出資した農業生産法人

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 秋ナスの成り始めの頃は、木に勢いがあるのか、グローブのようなナスビが収穫のつど数個は見つかる。出荷はできないので、早めに収穫してニワトリにあげる。


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 今年は4回とも「地這いキュウリ」にした。地這いの場合は時々収穫の見落としがあり、画像のようなバットのようなキュウリもある。中の「ず」をとれば十分使える。キュウリがたくさん収穫できれば「バットキュウリ」はニワトリ行きになるが、少ない時は単価はつけずにワンパックに入れる。
 キュウリは1回に12~14本しか定植しないが、4回蒔くので、成り始めと成り終わりは2~3週間重なり、24~28本定植しているのと同じ効果がある。
 今年は
ナスビ・・・・・40本定植
ピーマン・・・20本定植
キュウリ・・・(12~14本)×4回=(48~56本)定植
 ナスビ、ピーマンに比べてキュウリの採算は悪すぎる。
 

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 オクラは素手で扱うと「かゆく」なる。オクラの他にトーガンも素手で扱うとかゆくなる。表面に小さな「棘」のような無数の毛があり、これが手にささってかゆくなる。
 イチジクを食べると「口」や「口のまわり」がひりひりする。これはイチジクを収穫する時に出る白い乳液の中に、フイシンというたんぱく質を分解する酵素が含まれており、手についてもひりひりする。
 カラスに負けまいと、まだ多少未熟なイチジクを10個ほどちぎって口に入れたら、口はひりひり、手はかゆいかゆい状態が家に帰るまで続いて困った。


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 ツルムラサキを収穫したら仕分の時に、長すぎる茎を切ったりするが、それを藪の下に捨てていたら、茎の一部が根付いて新芽が出てきた。
 ツルムラサキとエンサイは挿し木も簡単だが、コップにさしておくと根が出てきて観賞青葉としても楽しめるらしい。


 
 
  燃料代が上がったからと言って航空会社は、さっさと燃料サーチャージ制で値上がり分を運賃に加算。

 電力会社は電気料金の値上がりを決めた。

 パンなど小麦製品も軒並み価格転嫁している。

 農家も同じ。燃料、肥料、飼料の価格が高騰しているのだから、生産物に価格転嫁しなければやっていけないのは明白だ。でも立場が弱く、先の会社のようにおいそれとはいかない。(農業新聞8月27日)

 農業用A重油価格は4年前の2倍以上
 肥料原料も前年より2~3倍
 配合飼料もこの2年で5割上昇

 しかし、有機農業者は未来のこんな現実を見越して、あえてそれらに依存する農業形態をとらなかった。こういう農業者が現に2~3割は存在する。
 
 自分はそんな高尚な理由からではなく、
(1)元手があまりかからず
(2)どちらかといえば放任栽培であり
(3)儲かる方を選択したかったが
(4)他の農業形態は自分には難しすぎた
(5)できると思えたのは有機農業だけだった
 つまり消極的理由で有機農業を選択した。 
 
 農業環境の変化という外部事情に遭遇した時、「大規模農家」から先につぶれる。
 企業組織は大規模ほど安定するが、農業は逆である。小規模ほどリスクが小さい。

 大規模・・・20世紀型・・・人間疎外・・・環境破壊
 小規模・・・21世紀型・・・土から癒し・・・環境保全

 
 今、農業の現場では、法人化、集落営農化が推進されようとしているが、それは農業を企業組織に近付けようとする発想であり、うまくはいかない。
 工業や商業に近付けようとすればするほど、土から受ける癒しは小さくなる。土に触れる小さな農業こそ生きがいにつながるが、法人化、もしくは集落営農化された農業には「土に対する喜び」は少ない。
 法人化、集落営農化して、ひたすら効率や採算を追求しようとしても、人間疎外のような農業形態では、うまくはいかない。

 

第3セクター
 グーグルで検索したら次のような記事があった。
『市や町などの公共機関(第一)と民間企業(第二)が出資して作られる企業体のことです
 市役所や県庁からの出向者と、企業の社員が一緒に働き、事業の金が税金から出ているため放漫経営になり、責任の所在があいまいでどんどん破綻しています。
 でっかい橋やでっかい箱物はほとんどこの方式です。』

 倉敷チボリ公園の閉園が決定した。今日の山陽新聞に「行政の硬直性と民間の営利主義が矛盾し、負の相乗効果を生みやすいとされる3セク事業。破綻した他の3セク同様、ジャパン社も補助金に依存し、責任の所在があいまいな体質に染まった」とあった。

 第3セクターのチボリ公園の閉園決定のすぐ後で、次の記事を読んだから、頭が混線した。
 『大手総合スーパーのイトーヨーカ堂が出資した農業生産法人が、千葉県富里市で事業をスタートさせた。法人は株式会社・セブンファーム富里。資本金は300万円で、農家が80%、ヨーカ堂とJA富里市がそれぞれ10%を出資した。法人経営で最も注目されるのは、3者の連携がどう進むかだ。』

 こんな法人にも補助金が下りるのだろうか?


 夕方、雨が降る中、合羽を着て、メタン菌液肥をサトイモに施した。液肥は土がよく渇いている時に施すと「あたる」ことがある。
 頭ではわかっていながら、今年は、ニガウリ全部、オクラの一部、トマトの7割が、メタン菌液肥が「あたって」枯れてしまった。
 
 

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(今日の夕飯)
キャベツの炒め物・・・ウインナー
キュウリの炒め物・・・卵
サンマ・・・・・・・・・・・・市販の惣菜

 

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経済区の両立(資本主義・自給自足主義)

 8月21日(木曜日)にニンジンを蒔いて今日で5日目、うまく発芽した。しかし高温のせいかレタス類の発芽が少なく、今日、蒔き直した(袋の残り半分を蒔いた)。
 ハクサイも今日夕方に蒔いた。


 
 2年前、英国レスター大の研究者がはじき出した「国民の幸福度」順位で、ブータンは8位。アジアの中ではトップだった。ちなみに日本は90位。1位はデンマーク。(山陽新聞8月25日)

 日本の90位はうなづける。日本は住みづらい。普通に農業をしたのでは、まず生活はできない。とにかく、正社員として、どこかの組織の一員にもぐりこみ、荒波を立てずに、その組織にさばりついていないと、安定した生活は保障されない。一歩、組織の外に出てしまうと、日々の生活にも事欠いてしまう。

 ブータンでは先代国王が、従来型の経済発展を目指せば、環境破壊が進み、貧富の差や独自文化の喪失などの弊害を招き、必ずしも国民全体の幸せにつながらないと結論した、と伝えられる。

 日本のような政治経済制度がこのまま続くなら、日本には希望が持てない。一国二制度を提唱したい。つまり、
(1)資本主義経済区
(2)自給自足主義経済区
 この2つの経済区を自由に行ったり来たりはできないだろうか。
 これらはまるで相反する経済制度である。水と油。お互いがお互いを否定して成り立つのが、資本主義と自給自足主義である。
 
 経済区だけでなく、人間には、相反する考え方や、相反する生き方があると思う。農業でも、
(1)スペシャリスト型
(2)少量多種類型

(1)現役帰農型
(2)定年帰農型

(1)大規模農業型
(2)小規模家庭菜園型

(1)農薬・化学肥料型
(2)有機農業型

 この場合、お互いにお互いの農業に興味を示さない、もしくは否定的見解を持つ。

 
  2020年の頃までに、この2つの経済システムが一つの国の中で両立できないだろうか。

 若い時は資本主義経済区で働き、定年になったら土に帰依して自給自足主義経済区へ移住する。
 
 現役世代でも、資本主義経済区で挫折したら、いつでも自給自足主義経済区へ逃げ込めるようにしておく。
 
 逃げ場があることが特に大切である。
 
 今の日本では、正社員のサラリーマンになるしか、経済的に安定する道がない。一部の優秀な人には独立自営業が成り立つが、その他大勢の凡人は一定の組織で正社員を目指すしかない。
 農業でもビジネスラインにのるような優秀な農業者はごく一部である。大多数の凡人は、農業へ転身しても農業では食べれない。
 だからこそ、人生の逃げ場としての自給自足主義経済区が必要だと思う。カネがなくても生きていける経済システムの創設である。

(1)物々交換の社会
(2)貨幣がなくて労働が対価
(3)「労働券」をもらったり、あげたりして、一定の労働をプールして、助けたり助けられたりする制度

 自給自足主義経済区では、ライフラインの支払いと各種社会保険料の支払いがネックとなるから、ライフラインは定額まで、各種社会保険料は全額免除する。

 


 今日の朝日新聞に、全日本トラック協会の一面広告が載っていた。
 国民の皆様へ トラックからのお願い

 今、トラック運送事業の経営が大ピンチに陥っています。
 規制緩和以降、運賃は下がる一方で、逆に環境対策のための大規模な車両の買い替えなどで、コストは上がる一方でしたが、私たちは歯をくいしばってこれまで頑張ってきました。しかし、その後の異常な原油高で、燃料価格が2倍以上に暴騰し、燃料費だけでトラック業界全体では今や年間1.2兆円のコストアップになっています。
 この負担は自助努力の限界をはるかに超え、今や多くの事業者は、文字通り、事業存廃の岐路に直面しています。
 現在、事業の存続をかけて「燃料サーチャージ」の導入などによる適性な運賃転嫁の実現を荷主の皆様にお願いしています。

 クロネコヤマトから運賃のアップを言われても仕方がない状況にある。アップを言われたら、「送料」の見直しを迫られるかも知れない。しかし、送料として800円頂いているのを900円にしてもらうのは難しい。
 飼料の高騰も、資材の高騰も、肥料の高騰も、燃料の高騰も、機械の高騰も、自分にはあまり影響がないと思っていたが、ここにきて、燃料の高騰が影響してきた。ダンボール(宅配ケース)と運賃。


 
ガンを宣告された人と同じ気持ちになり

一家の中に誰も正社員がいない家庭と同じ気持ちになり

鉱山へ見学に行ったら、50年前、この鉱山の地下500メートルで働いていた人を一心に想像し

ハンセン病で隔離された島を訪問したら、戦前、この島に強制隔離された人が故郷に向かって涙した岸壁にたたずみ

もし立場が違っていたらと、考え続ける

自分を置き換えて考えてみることは難しいが、そういう練習を続ければ、少しは変われる自分になれるような・・・。

 

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(今日の夕飯)
お好み焼き・イカ天・・・・市販の惣菜
ナンキンの煮物
キュウリの中華和え

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農業の衰退は工業や商業の衰退

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 今日、出荷の帰りに「コメリ」という農業資材店でニワトリのエサを買った。20キロ、1280円。1ヶ月に1袋ほどのペースで購入しているが、購入先は農協だったりコメリだったり一定していない。
 米ぬかだけでは栄養が足らず、コゴメは在庫切れなので、今は飼料を買っている。
 ナタネカスはメタン菌液肥用。


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 金曜日の深夜から土曜日の朝にかけて降った雨は、まことにありがたい雨だった。まるで生き返ったようなナスビとオクラ。

 

 五輪用の野菜は北京近郊の延慶県で特別に生産されており、延慶県が北京五輪の食卓を支えている。
 人口13億人のうち8割が農村に住んでいる中国にとって、発展を遂げる延慶県の姿は、農村の未来に希望をもたらした。(山陽新聞8月24日)

 確かに、農業が盛んだと未来を感じるが、当集落のように休耕田が増えて、草ぼうぼうの田んぼがやたら目に付くようになると、この国に未来を感じなくなる。
 
 農業こそ、国の「未来図」のバロメーターだと思う。

 儲からなくなったから農業を止めた

 農業では生活できなくなったから農業をやめた

 他産業に従事した人が羽振りの良い生活をしているから、そちらの仕事に移った

 イノシシやシカ等の害獣にやられ続けて、ばからしくなってやめた

 結局、全て自己責任?

 農協や国の減反政策など関係してないですか

 企業の責任なども全くないですか

 戦後、工業や商業を偏重しすぎたことはないですか

 農業の衰退は資本主義の行き着く結果ですか

 他の国も衰退していますか

 自給率を見ると日本ほどひどくないような気もしますが 

 工業製品の輸出の見返りに、農作物を輸入するという裏取引でもあったのか

 一つだけ確かなことは、農業という土台の上に、工業も商業も成り立っているということ。農業の衰退は工業や商業の衰退に必ずつながる。

 

 7月26日に買ったキャノンの「IXYデジタル、23200円」が使えるようになったが、パソコンに取り込んだ後の操作がちょっと不便で、結局、写す時はキャノン、パソコン内での操作は、以前の富士フィルムの「ファインピックスZ100」の機能を使っている。

 カメラとか写真には興味がなかったのに、ブログの必要に迫られて買った始めてのカメラ「ファインピックスF460」にすっかりはまってしまい、今はデジカメが離せなくなった。携帯は持っていないがデジカメは必需品。

 最初に購入したファインピックスの使い勝手がよかったので、2度目もファインピックスにこだわったが、2度目のはあまり使い勝手がよくなかった。2度目のデジカメが写せなくなり修理にもって行くと、すぐに直ったが、その場で3度目のデジカメであるキャノンを買った。キャノンのIXYは人気で、2003年以降、世界のコンパクトデジカメ市場で首位を維持しているらしい。
 デジカメのよい点は
(1)購入後はほとんど費用がかからない。
(2)写す時に技術がいらない? オート機能できれいに写る。
(3)パソコンに取り込むと、記録として残っていくのがうれしい。
 

 
 作家の「中島 梓」さん、ペンネームは「栗本 薫」。知っておられますか。名前だけは知っているが、本を読んだことはない。 
 山陽新聞の「本を語る」で紹介されていたのでふと見たら、1953年生まれで自分と同年令だった。
 昨年→膵臓ガンの手術
 30代の時→乳がんを患った
 膵臓ガン→肝臓へ転移→いまだに闘病は続く

 デビューからすでに30年以上書き続けているらしい。次のような言葉が印象的だった。
(1)せっかく貴重な体験をしたので、病室に持ち込んだパソコンで見たまま、感じたままに闘病記を書き始めた。「もともと、嫌なことでも良いことでも、発表したい気持ちがとても強かった」
(2)がん告知の問題については、余命を知らずに「漫然と生きてしまうと思ったら、私はその方がよほど恐しい」。
 「死を忘れるな」という言葉も、たびたび登場する。
(3)小説もピアノもすべて、好きでやっていること。それを永遠に続けるだけ。
 「ガン病棟のピーターラビット」はポプラ社、567円
(以上、山陽新聞8月24日)

 

 
  戦争の悲惨さを「忘れないこと」、「語り継ぐこと」という記事が8月中旬には多く載ったが、自分は正視できないので、逆に目をそらして読まない。あまりに残酷すぎたり、あまりに暴力すぎたり、あまりにむごたらしい内容は気持ちが重い。

 戦争から63年が過ぎて「風化」しようとしている。

 なぜ、戦争への流れが止められなかったのだろうか。

 その流れがまだ現在につながっていると思う。

 仮にそういう流れになると、今度もまた止められないだろう。

 そんな国民性こそ問題である。


 
 戦前に生まれた人も、戦争に行った人も、戦後に生まれた人も、あの戦争のことは誰も思い出したくない。だから戦争のことは貝の中に封じ込められ、いつかまた真っ赤なマグマとなって活火山のように噴出する。歴史は繰り返す。

 なぜ、戦争への流れが止められなかったのだろうか。


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(今日の夕飯)
焼きうどん
マーボドーフ

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自分が捉える農協とは (1)

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 液肥に、大きくなりすぎたスイートバジルや周辺の雑草を入れた(新たに仕込んだ時だけ)。天恵緑汁も取り込めるのではないかと思って。効果は不明。


 戦後始めて、中国への輸出額が米国を上回り、国別で最大となった。貿易収支は
対米黒字・・・6千2億円
対中国赤字・・・688億円
 この数字で見ると、輸入も中国からの輸入が国別で最大のようである。
 
 まさに、中国さまさま。
 輸入は農産物が多いのだと思う。グローバル化した社会だから、中国の農家と同じ土俵で戦う(価格と供給面で)必要があるが、圧倒的な中国野菜のパワー(主に値段)には、日本の高年齢農家が太刀打ちできるはずがない。


 
 ニューヨークタイムズ紙によると、米国民の上位30万人の合計所得は、下位1億5千万人とほぼ同じという。少数の富裕層に富が集中する一方で、中流層がやせ細り、低所得層が増え続ける米国。次の大統領が、この「亀裂」と向き合うことになるのは間違いない。(23日、朝日新聞)

 日本もだんだんそうなっていくのだろう。こつこつと農産物を作って売るよりも、才覚があればカネを右から左へ動かした方がはるかに利益になる。カネがあれば損してもこたえない。
 
 

 需要と供給の交わる点が「市場価格」になるが、農作物の価格に関しては「統制経済」ではなかろうか。ここ20年を見渡してみても、野菜価格はほとんど一定で、安いと思える価格で安定している。時に高いと思えることがあっても、それは3ヶ月も続かない、ごく一時的なものだった。

 戦後、工業の発展と共に、より賃金の高い工業へと農業から人口が流出していったが、それに比例するように、海外から安い農産物が入るようになったので、農作物自体の価格は農家人口が減っても、ほとんど変化はなかった。国産の農作物が台風等で一時的に品薄になると「緊急輸入」が発動されて、足らずはすぐに補充される。だから、ずっと低い価格で安定していたわけである。

 いくらでも農作物が輸入できている間は、いくら「自給率の向上」を声高に叫んでも改善はされない。中国から怒涛のごとく入ってくる。

 
  JAが発足して60年ということは、昭和23年に発足したことになる。自分が15才の頃にはもう、農業は完全に見捨てられていた。つまり、発足して20年後にはすでに農業はジリ貧(激貧)の時代に入っていたわけである。
 見放されてしまったというよりも、サラリーマンになった方がはるかに収入がよくなったので、そちらに移った。

 我が家でも、ボクが中学に上がる頃、葉タバコ栽培をやめ、両親とも日雇い仕事に出始めた。その頃に集落では「専業農家」がなくなり、誰もが勤めに出始めた。
 
 その後の40年(自分の年令でいえば15才~55才)の間、農協は一体何をしてきたのだろう。国(行政)の出先機関のように思っていた。民間企業でもない、利潤の追求を大きく掲げているのでもない、国の農業方針を農家に伝える支所、もしくは選挙の時に「自民党」の集票マシーンになる母体くらいにしか思わなかった。
 
 「行政=農協」のようにタッグを組んでいるように見えた。農協は行政でもない、民間でもない、一体なんだろうと思っていた
 
 現在でも、行政である農業改良普及所の職員と農協の営農指導員は、ほとんど同じ行動をしているように思う。
 
 もちろん自分はそのどちらとも縁がない。教えを請うなら「農家に」と直感的に感じたからである。
 
 上記に「その後の40年」と書いたが、その中間点で自分は農業を始めたが、この19年間、ほとんど農協と縁はなかった。

 この40年間、農協が伸ばしてきたもの、もしくは、力をいれてきたものは「農業」などではなく、農業以外の金融、保険、小売、ガソリンスタンド、葬議場、そして現在は介護の世界まで進出している。まるで総合企業。
 
 そしてこの総合企業は、農村という閉鎖社会に網の目のように張り巡らしたネットワークを活用して、農業以外の収入で成り立ってきた。農業は完全に斜陽産業となっているのに、野菜の販売手数料や箱代で稼げるわけがない。

 

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(今日の夕飯)
キャベツの卵炒め
ハヤシライス
豆腐・・・ミョウガ

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今日、習ったこと

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 今日、パソコン教室で教えてもらったことを試してみた。以前と同じように画像をダブルクリックして頂くと、以前と同じような大きさになります。
 たまに、こんなアップ方法もしたいと思います。

 
 
倉敷市民オンブズマンのMさん( )は、公共下水道事業のゼロベースでの見直しなどを求める要請書を倉敷市長あてに提出した。4月の市長選で同オンブズマンが各候補者に実施したアンケートを踏まえ、財政破綻防止への具体的施策の早期実現を求めた。
 倉敷市長はアンケートに対し、公共下水道事業について「投資対効果を基本に事業の全体的な見直しが必要」と回答していた。
 M代表らは会見で、「下水道の赤字は市の借金総額の約半分の2117億円。放置すれば市財政が危機的状況に陥る喫緊の課題だ」と話した。(8月22日朝日新聞)

 
 Mさんの①、②をクリックして見てください。以前の更新記事に飛びます。この方法も、時々必要になるパソコン操作なのに、最近使っていなかったら、操作方法を忘れてしまっていた。今日教えてもらってまた使えるようになった。

  Mさんとは1年に1回、冬の農閑期に遊びに行かせてもらうくらいだが、オンブズマンとしての活動が時々朝日新聞に載るので、近況はわかる。
 
 稲作とニワトリの世話以外の時間は、ずっと「市政」に関して勉強されているらしい。午前3時~午前6時の時間帯がもっとも集中できると話される。ボクとは全く逆の時間帯である。
 
 オンブズマンという仕事を本当によくされると思う。とんでもない所から圧力がかかったり、身の危険を感じたりすることがあるのではなかろうか。もちろん1円の収入にもならない。

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タイムトンネル

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 一昨日仕込んだ液肥。8分目くらいでとどめておいたのに、2日後の今日は、ヌカが画像のように盛り上がっている。

 多分、メタンガスが発生してヌカを持ち上げたのだと思う。よく混ぜたら右の画像のようになった。明日はまた左の画像のようになっているはず。つまり注意点は、
(1)仕込み(水の量)は8分目くらいでとどめる。
(2)膨張するのでフタはきつく閉めない。軽く閉める程度。

 30アールほどの作付なら、500リットのタンクが2つあれば足りる。使ったらすぐに次を仕込むようにすればよい。

 肥料には
(1)カネをかけず
(2)時間をかけず
(3)できるだけ身近にある材料で作る
 この3点が特に大切だと思う。ただ、他人の最もいい方法が自分にも最もいい方法であることは少ないので、早く、自分に適した肥料に出会うこと。



 農業新聞と朝日新聞に「米を食べよう」というJAの一面広告が出ていた。それによると、1人あたりの年間消費量は、
昭和37年・・・118キロ
平成19年・・・・61キロ

米の価格は1俵(60キロ)あたり、
平成2年・・・21600円
平成19年・・15000円

 米の価格はかなり値下がりしていると感じるが、1人あたりの年間消費量は、こんなものだと思う。我が家は4人家族で、年間消費量は1人1俵(60キロ)。だから、新聞広告に載っていた1人あたりの消費量と同じである。朝、昼、晩とご飯を食べても、年間で1人60キロである。
 
 昔は食べるものがなかったので、間食に「お茶漬け」などを食べていたのではなかろうか。今の間食はパン。

 美しい水穂の国から「稲作風景」が消えたら、心まですさむような気がする。新聞広告にも、稲作のおかげで、
(1)大雨を一時的に田んぼにためる
(2)夏場の気温上昇をやわらげる
(3)いろいろな生き物を育む
(4)その他、多くの環境保全の機能を併せ持つ
 等が書かれていた。それなら、減反、減反と騒がなければいいのにと思うが、減反率はすでに40%近くになっている。

 
米でも野菜でも需要と供給のバランスによって「暴落」する。それを防ぐためには「野菜の産地廃棄」や「米の減反」しかないと考えられている。

 農業は、需要と供給とい
う資本主義経済の中では、どうしても過剰と不足に見舞われる。そしてグローバル化した経済の下では価格も乱高下する。
 
 その際の価格補償として、認定農業者や農業法人、特定作物の生産者には補助金が支出される。特定の農業者だけは資本主義経済から庇護しようというのだろうか。




農地で活動する天敵昆虫はどこからやって来るのか

 それは農地周辺の里山林である。

 これまでの調査で、ヨトウムシなどを捕食するオサムシ類の一大供給地になっている。

 里山林を交尾や産卵の拠点にしながら、エサを求めて農地へ頻繁に進出していることが裏付けられた。

 農作物に被害をもたらす夜ガ類に卵を産む寄生バチは、伐採後10年程度の林では高い密度で確認されたが、放置したまま林齢を重ねた林では休息に密度が減ることがわかった。

 間伐や下草刈りなど、適度な管理が天敵バチを増やすことになる。

 北海道の酪農学園大学などが道内のソバ畑で行った調査では、畑を訪れる昆虫の8割近くが受粉活動をする土着のマルハナバチだった。営巣地は農地周辺の森林だ。

 コスタリカのコーヒー農園で、森林に接した1キロ圏内の農地では20%増収になるとの報告がある。森林にすむ10種の土着バチと野生化したミツバチが飛来して活発に受粉するためと結論付けている。

 農業に役立つ昆虫の行動や生息環境の解明が進めば、里山の環境を生かした農業に新たな地平が開ける。(以上、農業新聞8月20日)


 田んぼのすぐそばに山があるというのは、ちょっと農作業の手を休めた時、ほっとするものである。

 山、田んぼ、空、お墓、子供の頃から馴染んだ風景。

 実際、農業がひらめいた時、すぐに、池の下にある20アールほどの田んぼが頭に浮かんだ。

 あの田んぼなら、静かな農業ができると思った。静かなと思ったのは、行き止まりなので、車も通らないし、人も通らないからである。お墓があるが、お墓に通じる道は別の道が山ぎわにある。

 この田んぼがなかったら、農業はイメージできたかどうかわからない。この田んぼ以外にも70アールほど田んぼがあるが、それらはこの田んぼとは逆方向にあり、その多くは畑作には適さない湿田である。だから、畑作ができるとしたら、今、耕している田んぼしかなかった。

 ここには猫の額ほどの小さな田んぼも合わせて14枚あり、合計で20アールほどの面積である。就農してすぐに、道を隔てた4枚の田んぼ(合計で22アール)を借地した。頼んだらすぐに貸してくれた。これで合計40アールほどになった。

 これだけの広さがあれば十分だと思った。一人でするには40アールほどが限界だろうと思った。トリ小屋や物置、名ばかりの果樹園もあり、最盛期でも耕作面積は35アールほどだった。今の耕作面積は27アールほどである。

 この田んぼは特に気に入っている。場所もいいし、日当たりも悪くないし、小さい田んぼから大きい田んぼまでバラエティに富んでいるし、多少の段々畑になっているし、周囲の景色もよい。

 家の近くに田んぼはなく、家から500メートルほどのこの田んぼに「出勤する」という感じである。

 農業はカネにはならないが、それさえ除けば、すばらしい職業である。とても誇り高く、とても気高く、とても美しく、農業をしている。

 明治時代の終わり頃までは、この地でも、農業を主体にした自給自足的な生活が営まれていた。

 田んぼのすぐ傍らの山(天王山と呼ばれている)では、45年ほど前まではマツタケやシメジがたくさん採れた

 稲秋が終わると集落の人はこぞって山に入り、下刈りをしたり、落ち葉を集めたり、太い木を切ったりした。

 落ち葉は「クド」の炊きつけに、

 下刈りした木々は風呂焚きに、

 太い木の割り木は「クド」の本焚きに

 「クド」でご飯を炊いたり、おかずを煮たり、お茶を沸かしたりした。

 魚は七輪で焼いた。

 池にはたくさん魚がいた。

 池の水を全て落とす10月には、集落の人は競争で川エビや川魚を取りにいった。

 夏休みには池で泳いだ。

 梅雨時分には魚がたくさん上ってきた。ウナギもよく取れた。水を張った田んぼにも魚が紛れ込んできた。それくらいたくさんいた。

 蛍もたくさん飛んでいた。竹ボウキをもって6月には近くの川へ蛍をとりにいった。

 たった45年ほど前の現実なのに、なぜこうも、世の中も環境も人間も変わってしまったのだろうか。

 時を越えれるなら、江戸中期の頃の当地に帰ってみたい。1700年、今から300年ほど前。

 人は死に
 人は生まれ
 また人は死に
 また人は生まれる

 この地で今後どんな歴史の攻防が繰り広げられるのか、それはわからない。
 わかっているのは、後20年ほどで自分は現世の空間からいなくなっているだろうということ。

 時を越え、空間を越え、いつの時代にも人は悩み、人は挫折し、人は年をとり、人はいつのまにか消えていく。

 

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秋冬作 第一弾

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 今日、8月21日(木曜日)、いろいろな種を蒔いた。右の画像のように、
(1)レタス 3種類
(2)ニンジン
(3)つるなしインゲン
(4)イタリアンパセリ ディル

 レタスとインゲンは順調にいけば、10月20日頃から収穫できる。野菜の端境期の貴重な2種類である。
 
 「チマサンチュ」という下葉から順次かいで(もいで)いくレタスは去年から作り始めたが、これお勧め。収穫期に入るのが早く、しかも収穫期間が1ヶ月以上続く。
 
 真ん中の画像の畝一面にクン炭をふっているのが、レタス3種類の育苗床である。

 ニンジンの種を蒔いたら、土はかけない(好光性種子だから)。種を蒔いた後、片足を蒔き床において、よく鎮圧しながら歩く。その後、クン炭(焼きすくも)をふって、強い日差しと強い雨にたたかれるのを防ぐ。5日後の26日には発芽するはず。

 イタリアンパセリは通常、育苗→定植の手順であるが、時期的にちょっと遅いので、直播栽培にした。

 ディルも通常は、育苗→定植の手順にしているが、今年は直播栽培にした。
 
 なお、秋冬作で蒔くハーブは、ディル、チャービル、ロケットの3種類のみ。イタリアンパセリは春夏作に病気が多い場合だけ、秋冬作で追加して蒔く。
 
    
    
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 秋のジャガイモは収量が少ないので、今年は「デジマ」と「農林1号」を1キロずつ伏せただけ。上の左の画像のすみの「草」をかぶせているのがジャガイモ。

 
 秋冬作は春夏作よりかなり楽だし、仕事の段取りも覚えやすいと思う。
第一弾・・・上記のニンジン等の種蒔き
第二弾・・・アブラナ科野菜の定植と種蒔き(9月中旬)
第三弾・・・ロケットとホウレンソウの定植(10月中旬~)
第四弾・・・敷き藁用の麦の種蒔き、タマネギの定植

 ロケットは外観がホウレンソウにそっくりなハーブであり
(1)生食
(2)炒め物
(3)おひたし
 3拍子揃ったすぐれもの。特にレタスとの生食がおいしい。すでにメジャーに昇格?
 
 ロケットはハーブには珍しい「アブラナ科」に属するが、ゴマ風味が強いせいか、アブラナ科の中では最も害虫の被害が少ない。

 ホウレンソウは通常は直播であるが、「直播→まびき」があまり得意でないので、キャベツ等と同じ144穴の連結ポットに蒔いて定植という手順にしている。このやり方だと、
(1)種代が3分の1ほどですむ。
(2)黒マルチをして定植するので泥はねがなく、収穫後に洗う必要がない。
(3)収穫や仕分にかかる時間は直播の半分以下
(4)まびき作業がなく、欠株も少なく、サイズも揃う。
(5)種蒔きも連結ポットの方が直播より早い。
(6)定植に要する時間と、まびきに要する時間は同じくらいと思う。

秋冬作は
(1)ハクサイ
(2)キャベツ
(3)ダイコン
(4)カブ

(5)ニンジン
(6)サトイモ

(7)ネギ
(8)シュンギク
(9)ホウレンソウ

(10)秋ジャガイモ
(11)レタス→ブロッコリー
(12)サツマイモ→ヤーコン

 消費量が多く、国民生活にとって重要な野菜として、野菜生産出荷安定法で定められた野菜は14種類あり、
 春夏作では、タマネギ、ジャガイモ、キュウリ、ナスビ、ピーマン、トマト、サトイモの7種類
 秋冬作では、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、ニンジン、ネギ、ホウレンソウ、レタスの7種類

 春夏作のナンキン、サツマイモ、秋冬作のカブは14種類の中に含まれていなかった。

 野菜の種類は多いように思えるが、意外と少なく、春夏作で12種類、秋冬作で12種類ほどで9割方カバーできるように思う。
 

 

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 今日のニワトリ。今年の夏はニワトリにとって厳しい暑さだった。しかし、全羽とも元気である。

 

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(今日の夕飯)
キュウリの中華炒め
ナンキンの煮物
豆腐・・・青シソ

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資本主義世界を生きる同類

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 昨日施した液肥に散水をして薄め、明日のニンジンやインゲンの種蒔きの準備をした。
 右はキュウリの4回目。定植して1週間ほど経過。この時期は「ウリバエ」が多いので、白い寒冷紗でしばらく覆う。


 

 45年前、ボクが子供の頃には、1軒の家に黒牛が1頭、ニワトリが20~30羽ほど飼われていた。他に、ヤギやウサギを飼っている家もあった。

 つまり、飼料の輸入が途絶えたら、こんな飼い方になると思う。これが日本本来の飼い方だった。

 1軒の家の田んぼの所有面積は、平均すると70~80アールほどであり、昔は、田んぼは全て稲を作付していたので、牛には「あぜ草」や「土手草」や「山の草」などを食べさせていた。

 現在は休耕田が多いから、休耕田に放牧するなら「70アールに2頭」というのが標準のようである。
 設置や移動が簡単なソーラー式の電気牧柵を使って、雑草がなくなれば移動し、順番に放牧する。

 それでも10月中旬頃~翌年5月中旬頃までの合計7ヶ月間は「草があまり伸びない」ので、放牧できる期間は5ヶ月間ほどらしい。

 あまりたくさん放牧すると、牛の糞が雨とともに川に流れ込むので、それも問題になるだろう。

 牛は巨体だから、たくさんの草を食べる。昔ながらの1頭飼い、もしくは2頭飼いというのが、北海道を除く国内の飼い方ではないだろうか。

 こういう飼い方は非効率、不採算と考えたのが高度資本主義であるが、近代的飼い方が残したものは、
(1)輸入飼料に過度に依存
(2)排泄物の公害の問題→処理にまた経費がかかる
(3)飼い方の動物虐待
(4)飼い方の人間疎外 

 つまり、飼い方を集中していった。少頭数飼いはどんどん止めていった。

 ニワトリも同じ流れである。

 しかし、こんな飼い方に問題が生じた(輸入飼料の高騰という問題)のだから、飼い方を変更する必要があると思う。

 飼い方の変更はしないで、飼料がアップした部分の補償(補助金)をするというのが現在の流れ。

 これでは、飼料が高止まりすれば、補助金はその期間中続くということになる。

 いくら近代的、効率的、採算的であっても、
(1)ニワトリの「鳥インフルエンザ」
(2)牛の「BSE」
 は、大規模飼育という飼い方のシステムと、エサに問題がありはしないだろうか。現にBSEは死んだ牛を「共食い」させるというエサに問題があった。

 いったん病気が発生すると、「鳥インフルエンザ」も「BSE」も、その一群が全て淘汰される運命にある。

 こういう飼い方は「危機管理」が難しい。危機管理のために、しなくてもよい消毒剤や抗菌剤がむやみに使用される可能性が高い。

 それは、卵、牛乳、肉の安全性にも、即、関係してくる。

 管理しやすく効率的だから大規模飼育するというのが資本主義である。

 しかし、「鳥インフルエンザ」や「BSE」は、こういう資本主義的飼い方に対する、ニワトリや牛の反撃である。

 非効率、不採算であっても、資本主義的飼い方を改める必要があると思う。

 集中ではなく分散

 大規模ではなく小規模乱立

 これは危険分散にもつながる
 これは人間性回復にもつながる
 これは動物開放にもつながる
 これは地域のエサを利用することにつながる
 これは糞尿の処分ではなく循環につながる
 これは牧歌的風景を演出する

 ニワトリの卵を手にする
 ニワトリをつぶして肉にする
 ニワトリの糞を田畑に戻す
 ニワトリのエサを自給する(飼料稲、麦類、雑穀)

 ヤギを山や土手で遊ばせる
 ヤギの乳を飲む
 
 現実的ではないと見えるだろうか
 しかしこれは45年前まで地域の至る所で見られた光景

 資本主義の飼育には経済の観点しかない
 
 ニワトリや牛の飼い方が残酷すぎる
 ニワトリや牛が人間の目に触れることもほとんどない
 
 ニワトリや牛がいる牧歌的風景
 ニワトリや牛の糞で肥料の自給
 ニワトリや牛に触れてアニマルセラピー
 

 資本主義精神から人間性を取り戻すには、まず、ニワトリと牛を開放してあげること
 ニワトリや牛が(飼い方のシステムから)開放されないで、人間が開放されるわけがない。同じ資本主義世界を生きる同類なのだから。
 
 
 

(今日の夕飯)
たこ焼き・・・市販の惣菜
キュウリの酢の物
豆腐・・・青シソ

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補助金ではなく、構造転換が必要

 今日は午前中一時雨の予報だったので、少しは降ってくれるかなと思ったが、ぱらぱらっときただけだった。
 
 これ以上は遅らせないので、夕方、ニンジン、インゲン、秋ジャガイモ予定地の畝立てをして、メタン菌液肥を8荷ほど担いだ(施した)。
 
 出荷が終わった明日の夕方、たっぷり井戸水を散布して、木曜日(21日)の午前中には終わらせたい。 

 15日(金曜日)の夕方蒔いたキャベツとブロッコリーの発芽が出揃った。28日にハクサイの種を蒔き、定植はどちらも9月13日頃の予定。9月13日はダイコンとカブの種蒔きも予定しているので、この5種類の定植と種蒔き日は同一時期。

 害虫はお彼岸頃(季節の変わり目)から多くなる。だから、それより1週間ほど前に定植や種蒔きを終えて、ある程度大きくしておいた方が、致命的被害から逃れるように思う。
 早すぎても遅すぎても良くないし、ずらし蒔きもよくない。

 

 消費税の都道府県知事アンケートで、21知事が引き上げに賛成し、他の26人も賛否は留保したが、反対はなかった。(8月16日山陽新聞)

 これだけ諸物価が上がって、その上、消費税のアップでは貧乏人はお手上げ。 消費税のアップの前に道路や下水道事業の見直し、認定農業者や農業法人への「バラマキ補助金」の見直しがされる必要がある。

 農業で儲からないのは仕方がないが、農業で最低限の生活ができるということは大切である。
 現在のグローバル化した資本主義システムの下では、農業は一部のエリート農業者しか生き残れないのではなかろうか。


 

 「石炭産業の二の舞になるな」。これだけ原油高が続くと石油産業では、太陽光発電や風力発電など新エネルギーへの関心が高まると同時に、脱石油への「構造転換」の模索を始めている。
 
 農業も「構造転換」が必要である。
従来の農業形態を改めて、今こそ「有機農業」が声高に叫ばれていいのだが、JA系列の農業新聞で取り上げられることは少ない。

 確かに有機農業はJAに何のメリットも与えていない。JAとは関係のない農業をしている。
 化学肥料はほとんど使わない
 農薬もほとんど使わない
 化学資材や燃料もあまり使わない。
 直接の販路を持っている
 JAに出荷もしないので販売手数料にも貢献しない。
 
 つまり有機農業者は、肥料の高騰や燃料、資材の高騰にほとんど影響 されない農業をしている。

 農協や行政が進める旧態依然の大規模化 、機械化 は構造転換する必要がある。時代に合わない。それは20世紀の農業である。
 化学肥料の多投
 農業資材の投入
 高値販売のための旬を外した戦略
 そのために使うハウス加温のための燃料
 等に関して見直す必要がある。
 
 国産飼料より輸入飼料の方が何倍も安いといっても、国産で賄える範囲の飼育数に「留める」必要があると思う。規模が大きすぎるし、飼う頭数が多すぎる。

 戦前まで、日本全国津々浦々でなされていた農業、つまり
(1)少羽数のニワトリや、1頭の黒牛がいて、
(2)ウサギやヤギという小動物が飼われていて
(3)農薬や化学肥料を使わず
(4)旬に逆らわず
(5)少量多種類を作るという方法で
(6)手作業で
(7)小面積の農業
 に、構造転換していく必要があると思う。
 
 これは時代に逆行だろうか。それなら、脱石油の太陽光発電や風力発電も時代に逆行だろうか。
 
 今こそ、農業の構造転換をする上で有機農業がクローズアップされる必要がある。
 
 有機農業のような農業形態に補助金が降りたりするだろうか。農協や行政の利益あるいは方針にあてはまらない農業形態に補助金が降りることはない。
  

 
 自分の場合、原油高で影響があったのは、今のところ、原油が原料の「ダンボール代」だけである。1枚20円のアップを言われたが、交渉して10円のアップに留めてもらった。それでも 120円が130円にアップすることはこたえる。
 クロネコヤマトからは、回数券のチケット代金のアップはまだ言われていない。チケット代のアップを言われたら「送料800円」も見直す必要がある。しかし、送料800円→900円は難しい。
 送料には
(1)送付する箱代
(2)箱を閉めるガムテープ代
(3)納品書や振込用紙を入れる薄いポリ
(4)クロネコヤマト営業所までの往復ガソリン代
(5)それにクロネコの運賃
 細かいようだがこれだけの費用がかかる。送料は購入者に負担してもらっている。
 クロネコ運賃は、長年の間の送付ワンパック数の実績、時々の値段交渉で、段階的に引き下げをしてもらった自分の営業努力の結果なので、ここでまた「見直し」を言われると正直辛い。


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(今日の夕飯)
ナンキンの煮物
タマネギとキュウリの煮物
キュウリの中華風炒め

 


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 農業も「構造転換」する必要があるのに、その声は聞こえず「補助金よこせ」とか「飼料等の値上がり分を価格転嫁して」の声ばかり。これでは単なる応急処置に終わり、抜本的な解決は何も進まない。
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お骨のコース・煙(灰)のコース

 ちょっと前まで高校生だったのに、あっという間に35才がきて、あっという間に55才がきた。高1から考えたらもう40年も過ぎている。瞬く間の40年。まだ55才という年が実感できない。でも現実に55才。高1の頃から、ほとんど何も進歩せず、ただ、年だけが増えていったような気がする。

 40代の頃にはまだ意識になかった残りの人生の年数が、最近は気になることが多い。

 出荷農業は長くても65才頃までと思うから、自分の農業はすでにカウントダウンが始まっている。

 「ブログは遺書」と誰かが書いていたが、自分もそう思う。突然のガンの宣告に悲嘆し、取り乱し、涙が枯れ果てた時、ブログが残っていると思えば、運命を受容できるかも知れない。

 そのブログであるが、自分の頭の中にあるものを書くなら、凡人はすぐに空っぽになってしまう。今日の新聞を読んで勉強したことを自分なりに咀嚼して、自分の言葉に置き換えて、まとめるつもりでブログに書いている。
 
 自分の思いを書くのではなく、今日勉強したことを書く、あるいは勉強のために書くという方法にすれば長く続けれると思う。

 深夜に更新しているが、夜になって書こうとしても、気ばかりあせって書けない。昼休みの時間には新聞を読み終えて切り抜きし、今日の更新の項目を頭の中で準備しておく。
 
 それでも実際に書き始めると、指が動いてくれないことも多い。だから実際に入力を始めてみないと、更新記事に載せれるかどうかわからない。

 

 

 今日の朝日新聞の「声」におもしろい記事が載っていた。
(投稿者 兵庫県芦屋市○○さん)

『全国の自治体が火葬場の増設に動き出しているが、パンク寸前の所もあるという記事「列島発!」を読みました。
 火葬時間を今の半分以下にすることは技術的には可能だが、火葬温度が高いと骨が灰のようになってしまうデメリットがあると書いてあり、私は考え込みました。
 灰になることは果たしてデメリットでしょうか。私は死んだら灰になってしまう方がいいし、もっと言うとほとんど何も残らずに煙と消えるのが一番うれしい気がします。後に残る人の迷惑になりたくないのです。
 同様に考える人はきっといると思います。もちろん残したい人もいるでしょうから、火葬場で骨を残すコース、煙と消えるコースを生前に選べるようにしておくといいと思います。
 煙コースの人が増えていけば火葬炉は回転が速く、今後予測されるという死亡者数の大幅増にも対応できるのではないでしょうか。
 煙コースの人が増えれば、墓地問題も同時に解消すると思います。私たち煙コースに墓地はいらないのですから。皆で千の風になりませんか!』

 
 この人とてもユニーク、そしてちょっと過激、でも目からうろこ。57才の女性の投稿記事だった。

 葬儀の自由、散骨の自由、墓石を作らない・・・こんな記事が時々新聞に出ている。
 
 この女性はそうでも、子供がそうしたがらないかも知れないので、子供によく頼んでおく必要がある。
 
 実際に遭遇したら、子供がびびって、あるいは周囲に反対されて、意志に反してしまう可能性もある。

 ほんとに墓石はばかばかしいくらい高い。我が家は母が亡くなってから4年後くらいに父が先祖墓を作ったので、自分の代で墓は作る必要がない。これは大助かり。18年ほど前のことで、確か120万ほどかかったと聞いた。
 
 作っていなかったら、先祖墓を作る必要がある。集落の共同墓地なので、我が家だけ石塔なしは「体面上」、「体裁上」できない。変わったことをしようとすると大変なエネルギーが必要になる。
 
 例えば葬儀を「家族葬」にするので、一般的な葬儀はしないとなると、田舎では「お見送り」や「慣例的に通夜や葬儀の出席」もあるので、いちいち葬儀をしない理由やお断りをする必要がある。
 自由なようで、全く自由でないのが、葬儀である。

 すでに先祖墓ができているので、自分の場合、煙(灰)コースでも、お骨コースでも、全くどちらでもよい。こんな場合、本人の遺言で配偶者や子供や第三者によく言っておかないと、葬儀等では必ず「親戚(身内)」の邪魔がはいるものである。「葬儀のやり方で喧嘩」はよくある話である。

 まだ墓がない場合、
 お骨コース・・・・・・・墓が必要
 煙(灰)コース・・・・・・墓は不必要
 と言う単純な図式にもならないような気がする。これもまた親戚の横槍が入り、「言いごと」の種になると思う。「どこに参ったらいいのか」・・・等。

 確かに、葬儀に100万もかかるなど、45年ほど前までは考えられないことである。今は田舎でも家で葬儀をする人はほとんどなく、葬議場でするのでこれくらいかかる。

 葬儀、その後の墓石・・・いったい、どれくらいカネがかかるだろう。すでに一大産業になっている。

 とにかく田舎では、形式にこだわらない葬儀や墓石は相当なエネルギーがいると思う。死者に対する思いではなく「体裁」がまず一番に整えられるのである。

 当集落では、25年ほど前までは「土葬」だった。しかしだんだん埋める場所がなくなり、墓穴を掘るという集落の人の手も煩わせるので、「火葬」になった。
 
 死者のことは身近な人の心に記憶として残るだろうが、死体自体は産業廃棄物である。

 土葬だと、やがては土に還り、土からまた新たな生命が誕生する輪廻転生を感じるが、火葬では輪廻転生などイメージできない。
 だから、
 お骨のコース
 煙(灰)のコース
 どちらでもほとんどいっしょ。ただ、お骨のコースにしないと「宗教団体」の儲けがなくなるので、その方面からの大反対が起こるのでは。
 
 死者に魂があるようなことを言うのが宗教。死者に魂などなく、魂は死者を記憶する人の心の中にだけ残り、死者を思う気持ちが強ければ強いほど、いつもそばに寄り添ってくれていると感じるものなのだろう。

 結局、お骨と煙(灰)は形が残るかどうかだけの問題。
 煙のコースでも「灰」が残るのだから、海や山、もしくは田畑にばら蒔いて作物の肥料にすることも考えられる。

 ボクは作物へのご恩返しに、リン酸肥料として田畑にばら蒔いてもらってもよい。土に還りたい。

 こんな話は大好き。自由を感じる。葬儀も墓も選択の自由がない。死んでも鎖につながれている。


 

 

 

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あの夕張炭田は今・・・

  時々コメントを頂くのですが、どうコメント返しをしようかと考えているうちに、時間がいつのまにか経過してしまい、結局、何も書かずに終わってしまうことがほとんどです。申し訳ありません。
 コメントはきちんと読ませてもらっていますので、その点どうぞご理解お願い致します。
 アダルトコメントだけはそのつど削除していますが、しばしば入るので、うっかりアダルト以外のコメントも削除してしまうことがあり、その点もどうぞご理解お願い致します。


北海道の稲作、30ヘクタール規模でも採算割れ
 
 
 試算は、来年の肥料費が今年の1.6倍、農薬が1.2倍、燃料やビニールなどの生産資材費が1.4倍になると仮定して行った。(農業新聞8月17日)


世界の水危機

 
 野菜作りには大量の水がいる。自分ほどの小面積でも、今年のような日照りが続くと、エンジンポンプを毎日1時間半ほど稼動し続けても、全然足らない。
 
 エンジンポンプを1時間半ほど稼動し続ける・・・これは一体、どれくらいの水の量になるのだろう。
 
 たとえば、お風呂の水を1時間半出しっぱなしにすると、どれくらいの水の量になると思われますか。
 
 エンジンポンプから出る水は水圧も強く、お風呂の水の3倍ほどの水量が1秒間に出ていると思う。

 これで潤せる面積というと、合計でたった8アールほど。
オクラ・ナスビ・ピーマン→2アール
エンサイ・ツルムラサキ→1アール
サトイモ・ヤーコン→1アール
キュウリ→0.5アール
スイートバジル・オクラ・青シソ→1.5アール
その他のハーブ類→2アール

 合計8アールほどの水やりで、毎日平均1時間半ほどの水を与えても、まだ十分ではない。

 たとえばプランターや家庭菜園があるとして、毎日、水をどれくらい与えているか、ちょっと考えてみて下さい。

 産地では「畑潅施設」があり、水を使っても使わなくても10アールで年間7~8千円ほどの支払いになるらしい。

 自分の場合は、 1日の井戸水の量 、水やりにかかる時間 から逆算して、春夏作の作付面積を決めている。上記に示した8アールほどで現在は限界になっている。

 今日の朝日新聞の社説は「世界の水危機」。それによると
『日本は外国の水を大量に使っている。輸入食糧の生産に使われた水も一緒に輸入したと考えると、膨大な量になるからだ。これは「仮想水」といい、東大の沖大幹教授によると、年間640億立方メートルで、国内の灌漑用水を上回る。

 「20世紀の戦争が石油をめぐる争いだったとすれば、21世紀は水をめぐって戦われるだろう」。1995年にセラゲルディン世界銀行副総裁がおこなった不吉な予言は、あながち絵空事ではないのかも知れない」』

 

月収5万円 希望は戦争 (朝日新聞8月17日)

「希望は、戦争?」というブログが生まれ、賛否が殺到して、ブログはパンク状態になった・・・。

 自分はそんな発想が脳裏に浮かんだことは一度もない。追い詰められた時、独立自営業で食べていける(生活ができる)仕事は何かないかと、そればっかりを一心に考え続けた。

 人間は土と接している時、心身が最も開放されると思うので、「希望は戦争」と思う人たちに田畑という逃げ場(生活の場)が用意されていればよいのにと思う。
 
 追い詰められた人は、そんなに高い希望は持たない。生きていける最小限の生活費が工面できれば、それで満足する。本来、農業がその役割をすべきなのに、農業にその役割ができていない。過疎の山村で自給自足的な生活をめざそうにも、現実には「害獣が出没」して、無防備では野菜も作れなくなっている。防御して仮に野菜は作れても、機械がないと稲作はできない。機械を使わない稲作も考えられないことはないが、手作業の稲作なら、時間給800円のアルバイトに行った方が7~8倍ほど生活は楽になるのではなかろうか。手作業の稲作で、果たして時間給「100円」になるだろうか。
 
 過疎の山村で自給自足の生活をめざそうとしても、
(1)現実問題として米は買う必要があること
(2)電気、ガス、水道等のライフラインの支払いが高い
(3)社会保険料や各種税金の支払いが高い 

 日本からの脱出もできず、田畑への逃亡もできないなら、いったい、どこで、どのようにして、生きていったらよいのだろう。
 
 グローバル化した世界はますます弱肉強食となり、組織は人間の手を離れて、組織自体がまるで意志を持っているかのように一人歩きを始める。そんな組織の中で誰もが孤独と疎外を深め、自己を見失っていく。

 

小学校の「社会」で習ったあの夕張炭田は今・・・
 
 炭鉱から観光へ。その夢が破れ、財政再建団体になった北海道夕張市で、観光関連施設の老朽化が激しい。倒壊の危険がある市営住宅300戸も解体できずにいる。財政再生計画に修繕・解体などに使える予算が盛り込まれていないからだ。施設の相次ぐ崩壊の危機に、どう向き合うのか。(8月17日朝日新聞)
 
 地底500メートルの暗黒の世界で働かざるを得なかった人たちは、どこへ散っていったのだろう。

 その働き方は、現在のアルバイトや臨時雇いに似ている。

 山が崩れてきて、生きるか死ぬか、

 あるのは、今日も1日無事に地上に戻れたこと

 働いても働いても生活は楽にならない

 その点、戦前も戦後も何も変わっていない

 戦前より、毎日がますます忙しくなり

 自給自足もできないので働きに出る必要がある

 文明の進歩は、人間をより苦しめる

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(今日の夕飯)
カレー
キュウリの酢の物

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ニワトリの自由、人間の自由

IMG_0003.jpg IMG_0007.jpg IMG_0014.jpg

 お盆といっても、いつもの日常とあまり変わらない。来客もほとんどない。姉夫婦が墓参りに来るが、5分ほど立ち話をするくらいで長居はしないで帰る。
 
 父の兄弟も亡くなったり年老いたりして誰も来なくなった。
 妻は実家へ一人で行き、一泊して帰る。子供は働き出してからは、あまり実家へ行かなくなった。

 左の画像はサトイモに井戸水をポンプアップしている所。雨が降らないので、お盆でも、夕方2時間ほどの水やりが欠かせない。真ん中の画像はナスビ。枝を切り戻してまだ22日しか経過していないが、早くも一部が生り始めた。

 

 現在、サラリーマンではなく、独立自営業で生活している人が何人いるだろうか。100人のうち2~3人ではなかろうか。独立自営業が全く成り立たなくなった。
農業・・・
林業・・・
漁業・・・
大工・・・
左官・・・
食堂・・・
自転車店・・・
文房具店・・・
駄菓子屋・・・

 だから大半の人は、生活のために、サラリーマンになるしかない。しかし正社員のサラリーマンになることができず、時間給扱いのパートや臨時雇いしか働く場所がないとしたら、人生をどう組み立てていったらよいのだろう。
 
 今からちょうど20年ほど前、自分もそんな宙ぶらりんの状態だった。

 この先どうしよう・・・
 サラリーマンはもう使ってもらえない・・・
 サラリーマンはもうしたくない・・・
 独立してできる仕事は何かないか・・・
 考え続けた・・・

 考え続けていた時に突然ひらめいたのが農業だった。

 地域に農業などをしている現役世代は一人もなく、
 
 もちろん野菜の産地でもなく、
 
 農業では食えんということが常識となってすでに15年以上が過ぎていたが、
 
 突然、農業がひらめいた時、「あっ」と思った。
 
 そして、なぜもっと早く農業があることに気づかなかったのだろうと思った。
 
 自分の中にまだ潮が満ちてきていなかったのだろう。
 
 一つ言えることは、普通に安定したサラリーマンであったら、農業は定年後に始めただろうと思う。

 2年間ほど試行錯誤してから、37才直前に農業をスタートしたが、最初の4ヶ月間ほどは危機的状況だった。

 準備期間がちょっと長すぎた
 土が自分にしっくり来ない
 なぜか、田んぼに行く気がしない
 集落の人の目顔が気になる
 それでもいつの間にか気にならなくなった
 状況に慣れるまでに4ヶ月ほどかかった


 野菜は最初から普通にできた。
 
 父が細々と家庭菜園を続けていたので、その規模をちょっと大きくするだけだった。
 
 野菜ができだしたら、近くの団地を「軽四で引き売り」して、特定の顧客を見つけて会員制農業をしようと思っていた
 
 農協や市場へ出荷するのではないから、外観もサイズも関係ない。
 
 外観やサイズが問われる農作物を作るのは難しい。
 
 自分の意に反しても農薬を使わざるをえないだろうし、
 
 単一作物をある程度大量に作るという方法を取らなければ、M寸、L寸等の出荷基準の1ケースを満たすのも難しい。
 
 つまり、会員制農業(ワンパック宅配)は顧客を見つけるのは難しいが、作るのは比較的簡単である。


 カネにはあまりならなかったが、低い安定があった。
 
 農業はそれまでのサラリーマンに比べて、はるかにやりがいがあったし、楽しかった。
 
 結構ハードに農作業を続けたが、あまり苦にはならなかった。やっと独立自営業に出会えたのだから。
 
 自分と入れ替わりにマルミさんが外に働きに出るようになったので、農業収入は低くても、我が家の生活はまわっていった。
 
 いつのまにか19年めに入ったが、農業を始めてやっと自分らしさをとり戻せたせいか、スタート時点からのことをよく覚えている。
 
 特にスタートした半年間のことは今でも鮮明に思い出すことができる。そして8年目、9年目の、今から見て中間点の頃のことは特に印象深く覚えている。
 
 Kさんとの出会い(その後のメタン菌液肥につながった)
 ハーブの導入(収入アップを種々模索した)
 ドラム缶炭焼き(いろんな出会いがあった)
 百姓塾(かなり営業したのに応募はほとんどなし)
 井戸の完成(ふりかえって見ると大きな出来事だった)

 努力もしたが、少ない農業収入でも農業が継続できる状況にあったことはありがたかった。

 農業形態の変更もしばしば考えたが、難しかった。

 現在、大多数の人は農業ができなくなっている。農業はますます収入にならなくなっている。
 
 嫌でも何らかの組織に属して、そこで賃金を得るしか、生きる方法がなくなってきている。
 

 60年前の昭和23年ごろ、2人に1人はまだ農業という独立自営業に従事していた。貧しくても最低限の生活はできた。そして30羽ほどのニワトリが家の軒先で飼われていた。

 60年後の平成20年の現在、100人のうち97人ほどは賃金労働者として働かざるを得なくなった。

 ニワトリは家の軒先からほとんど消えた。一般の人の目に触れることはなく、「ケージ」という身動きもできない小さなスペースで、土にも太陽にも触れることなく、ただ生きるためにベルトコンベアーに乗ってきたエサを食べ続ける。
 毎日毎日同じエサしか与えられず、生き地獄のような空間で、卵を産み始めて1年もしくは2年という短期間の間に淘汰されて肉になる。
 
 考えてみれば人間もニワトリと同じ運命をたどっている。
 
  土から離され、組織の中の小さな歯車となって60才までの40年間ほど働き続ける必要がある。

 大地の上に戻れなくなったニワトリと、大地の上に戻れなくなった人間は、自由な空間、自由な考え、自由な動き、自由な興味、自由な判断、自由な時間を持つことが許されず、ニワトリはケージという枠内で、人間は組織の中の小さな歯車の枠内でしか動けなくなった。

 自分は37才直前で、小さな歯車の枠内から、自由の大地へ飛び出したが、その自由のせいで、60才以降はカネという鎖にしばられて、自由な時間と自由な行動を失い、それまで歯車の枠内でしか自由がなかった組織人は、60才以降はカネと時間を手に入れて、始めて自由の大地にはばたく。

 どちらに自由がたくさんあるだろうか。どちらがより人間らしく生きれるだろうか。

 

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牛のげっぷとメタン菌

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 今日夕方、キャベツとブロッコリーの種を蒔いた。144穴の発砲スチロールの連結ポット。土は「市販の土」と「焼きすくも」を半々に混ぜたもの。
ブロッコリー・・・・・・1ケース
キャベツ極早生・・・1ケース
キャベツ早生・・・・・3ケース
 キャベツとブロッコリーの種代が高過ぎる。1袋525円×4袋(合計)=2500円もかかっている。

 
 
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 今日始めて、3週間ほど前に購入した「キャノンIXY」というデジカメを使った。使用説明書を読んでいたが、結局投げ出してしまい、昨日のパソコン教室で先生(大学生)に教えてもらってから、やっと使えるようになった。
 ちょっと貸してくださいと言って3~4分さわっていたと思ったら、もう理解できたらしく、使い方を細かく説明してくれた。
 これで3台目のデジカメであり、毎日利用しているのに、メーカーが違うともう使えなかった。
 左はオクラの花。右はオクラにいる害虫を食べてくれるアマガエル。
 

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 このデジカメはペットのように動いているものでも撮り易いと聞いたが、以前の機種との違いがよくわからなかった。

 
 
ホロコーストを教訓に(芝健介東京女子大教授)

 『ホロコーストの実行責任者で元ナチス親衛隊のアイヒマンは、家庭では良き夫、良き父親で、与えられた任務を忠実に実行した人間。
 組織の論理と先例に従って仕事をしていくうちに、罪を犯してしまうケースは度々見られる。誰でもアイヒマンになる可能性がある』 

 『システムは出来上がったら、抜け出せない。その前に手を打たないと』・・・ヒトラーの独裁体制について述べられていたが、ボクは下水道システムに置き換えて考えた。

 『過去に実際に起きた事実とは別にあったはずの選択肢が、なぜ実現しなかったのか、検証してみることが必要』・・・毎年この時期になると戦争の悲惨さを伝える記事が載るが、自分はほとんど読まない。悲惨な事実を伝えるよりも、どこでどう歯車が狂って、戦争の道へ舵取りをしてしまったか、検証記事を出してほしい。
 戦争の道へ舵取りをした「日本的システム」が至る所に、今だに張り巡らされているように見える。



日本の絹
(朝日新聞8月13日)

 『危機にある日本の農業の中でも、養蚕はその際たるものだ。輸入される安い生糸に押されて、20年前に5万7千戸を数えた養蚕農家は千戸ほどに減った。繭から糸を作る製糸工場も2軒が残るのみだ。

 農家が養蚕を続けられるよう農水省が一定額の補助金を出す。こうした繭代の補てんで生産者を支えてきた。

 しかし今年4月、そんな補助金のあり方を大きく変えた。繭代補てんから自立支援へとかじを切ったのだ。

 制度の転換は当然だ。所得の9割を補助金に頼るような農業では長続きしない。見直しが遅すぎて事態を深刻にしてしまったことが悔やまれる』

 補助金をもらわないと続けれないような農業形態は早晩、養蚕と同じ運命をたどる。輸入飼料や原油に依存しない農業に脱皮する必要がある。そのためには農業構造自体を変えていく必要があるが、酪農にしても、稲作にしても、漁業にしても、果たしてそんなことが可能だろうか。



牛のげっぷとメタン菌
(朝日新聞8月10日)

 牛のような草食の家畜は、胃をいくつも持っている。

 草は消化しにくい繊維質が多いから、いったん胃に飲み込んだ食べ物を口に戻し、かむことを繰り返しながら徐々に消化し別の胃に送る。反芻動物という。

 牛の一番目の胃には何百種類もの微生物がいて、炭水化物である草やエサの繊維質を低級脂肪酸という物質に変えて、牛がエネルギー源にしている。ただ、同時にできる水素や二酸化炭素を、メタン菌という微生物がメタンガスに変えている。これが牛のげっぷの正体であり、メタンは、同じ重さの二酸化炭素の21倍も地球を温める力がある。

 牛1頭の1年間の排出量は、乗用車が1万キロ走ったのと同じぐらいの温室効果があると言われている。

 水牛も含めて世界に15億頭の牛がいる。世界の乗用車は10億台もないから、牛の影響の大きさがわかる。羊やヤギなど、他の反芻動物も合わせると30億頭を越えている。

 世界の温室効果ガスの約5%が家畜のげっぷと言われている。


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(今日の夕飯)
山菜おこわ
キュウリの酢の物
ゲタのフライ・・・市販の惣菜

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明日は終戦記念日

 オリンピックをまだ見ていない。陸上が始まったら見ようと思うが、マラソンは最も楽しみにしていたので、野口が出られないのが残念。

 明日は終戦記念日。なぜ戦争への流れが止められなかったのだろう。
 あの戦争を境に、日本人の道徳感は、それ以前の時代と比較して大きく堕落したのではなかろうか。そして、あの時代の恐怖政治が形を変えて未だに続いているような気がする。

 人生や社会を考えるには、あまり大きな問題を対象とするのではなく、
(1)学校のクラスで、自分の考えをはっきり言う
(2)集落の公会堂で、自分の考えをはっきり言う
 この2点につきると思う。
 自分は(1)に関しては、ほとんど発言できなかった。クラスの流れに単純に従っただけである。しかし、(2)に関しては、40代後半になった頃から、やっと発言できるようになった。

 属する最も身近な組織の中で、自分の考えをはっきり発言することは、何才になっても難しい。

 40代後半という年令には訳がある。
(1)その数年前に集落の実行長の役が終わり、集落内のいろいろなことがよくわかったこと。
(2)選挙がらみで嫌がらせを受けたこと
(3)集落推薦という選挙方法を疑問に思ったこと
(4)突然、「美しい森」施設の話が持ち上がったこと
(5)下水道誘致についての公会堂での話
(6)田んぼの水をめぐる問題

 父が元気な間は、集落の出仕事や、集落の祷屋や、集落の祭りや、集落の葬儀や、集落の寄り合いには一度も出なかった。まだ我が家の「代」は代わっていなかったのである。

 父に代わって出るようになったのは、農業を始めて3年後の40才になってからである。理由は父の突然の病気入院。

 最初は様子がわからなかったが、集落内のいろんな出来事を経験し、「何か事が起こって始めて」もしくは「自分から何か事を起こした時に始めて」もしくは「利害が対立して始めて」、相手の人間性に触れるという痛恨の現実に遭遇した。何もない時は決して波風はたたない。

 そういう経験をしてから、
(1)集落内に親戚が多いが、考えが違っても、自分の意見を言うようになった。

(2)選挙では、うやむやな態度は取らないことにした。選挙のほとぼりが冷めるまで、しばらく気まずい関係が続くが、知らん顔をしておく。時間が経過すればほとぼりも冷める。

(3)迎合する必要はないが、集落内では深い亀裂も好ましくない。しばしば顔を会わせることが多いから。

 この10年ほどの間に、いつのまにか集落が世代交代した。集落での発言権が強いのは60代、70代の人であるが、70才前後の人がたて続けに亡くなられて、この世代の人が少なくなった。自分ももう若い世代ではなくなった。
 
 現役世代の人はほとんどサラリーマンなので、顔を合わす機会は集落の行事や出仕事、葬儀の時ぐらいしかない。顔のわからない人も何人かいる。それくらい田舎でも人間関係が希薄になってきていると思う。サラリーマンにとって家は「寝に帰る場所」であり、生活の場は職場である。

 集落の公会堂という場での発言は、学校のクラスでの発言ほど勇気はいらない。

 学校のクラスでは、一つの発言が「いじめ」や「暴力」の対象になったりする。

 自分の一番身近な場所で、流れに掉さす勇気を持つことが大切だが、例えば集落に何か誘致の話などある時は、時の権力者とその話を進めようとする人たちだけで「事前の根回し」が終わり、集落の公会堂では建前上の話し合いだけで、単なる賛否を取る段取りだけの「筋書き」がすでにできていて、何か発言しようとすると、より大きな声で否定されたり、発言できないような「雰囲気作り」がされている場合もある。

 戦争はこんな「雰囲気作り」が国家ぐるみでなされた結果である。

 「空気を読む」とか「和して同ぜず」という態度ではなく、自分の一番身近な場所で、勇気を持って発言し続けたいと思う。

2008_08142008年08月15日0004 

(今日の夕飯)
タマネギとピーマンの炒め物・・・干しエビ
オクラの湯通し・・・青シソドレッシングで食べた
キュウリの塩もみ・ゆで卵
豆腐・・・青シソ

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国産ポイント制導入

 農水省は、国産の食品を買うとポイントがたまり、農産物との交換や商品の割引が受けられる制度を、2009年度にモデル的に行うことを明らかにした。

 これを読んで瞬間「この方法ユニーク」と思うと同時に、そこまでする必要があるのかと思った。
 
 ポイントがたまるのは、
(1)国産の農産物や魚介類を購入した場合
(2)国産の食材を多く使った弁当や外食メニュー

 野菜はともかく、海は世界とつながっているのに、国産か外国産かで買う買わないを決めているだろうか。

 だいたい自分は、魚と言えば、安いサバ、サンマ、サケしか買わない。時々、マルミさんが高級魚と思える魚を買ってくるが、「これなんぼう したん」といつも尋ねる。

 肉は国産、外国産にはほとんどこだわらない。飼料の大半は輸入物だから、どちらを購入しても違いはないと思う。かえって諸外国の方が「おおらかに」飼われているのではなかろうか。


集落営農 、黒字は半数止まり。

 集落営農が黒字になるとは、素人考えでも、少ないだろうと思った。これは07年度の決算であり、肥料や燃料が高騰している08年度は、黒字はもっと少ないと思う。
 決算の収入には交付金・補助金を含むが、支払いが6月頃だった経営安定対策の収入補てんは含んでいない。

 集落営農は補助金が目当てになってはいないだろうか。集落営農などに「未来を感じない」。地域の環境を守ってくれるのは、一人一人の小さな個人農家である。

 なお、水田・畑作経営所得安定対策(補助金)は「法人化計画の作成」が要件になっている。法人はその性格上、どうしても、環境より利益が優先になる。



街頭パレード

宮崎県・・・トラクターを先頭に、市内の繁華街約2キロを県庁まで歩き、県民に窮状への理解を訴えた。

岡山県・・・JAグループ岡山代表団は、岡山市の表町商店街で街頭パレードし、県産農畜産物の消費拡大や資材高騰への理解を呼び掛けた。

 新聞の写真でそんな光景を見ると、「こんなことをして何の意味があるんだろう」と思う。 

 農業を、工業や商業と同じグローバル化した経済で考えるなら、農作物も経営勝者と経営敗者に必然的に別れる。これが資本主義の現実である。負けたものは「淘汰」されていく。それを「補助金漬け」にして守ろうというのだから、一種の「統制経済」、それとも「戦時中の米や砂糖の配給に似た施策」。

 資本主義は利潤の追求が第一義。

 農業、林業、水産業には
(1)癒し
(2)環境保全
(3)景観
(4)水の保持
(5)そして経済があり、経済の占める割合は20%ほどである。この点をどう捉えるかで、第一次産業をどう守り、育てていくかが見えてくるように思う。

 しかし、補助金漬けには反対である。「展望のない補助金」が、あまりに多すぎる。国民は農業の補助金にほとんど無関心であるか、もしくは「密室の中に隠された補助金」になっている。

 現在の補助金制度はほとんど「どぶに捨てる」ような補助金になってはいないだろうか。全ての農業関連の補助金を「一覧表」にして国民の前に提示する必要がある。年間にいったい「何千億円」の補助金が出ているのだろう。確か減反の補助金だけでも年間に2千億円? 農業関連の補助金は200種類以上あるのではないだろうか。 

 補助金のほとんどが、認定農業者や特定農業法人にまわされているなら、農業の底辺は決して広がることはない。

 農業を法人化したり、集落営農を法人化して企業化するという施策には反対である。農業を工業や商業に近づけようとしても無理である。
 
 農業という産業は、
(1)規模を小さく
(2)一人、もしくは家族農業で
(3)購入肥料や燃料や各種資材に過度に依存しない
(4)旬に忠実な
(5)販売を他人に依存せずに、直接の販路を求めて
(6)少数のニワトリやヤギを飼って、家や田んぼの残渣をリサイクルするような
(7)農業が自分自身の癒しになることを第一義にして
(8)それぞれが農作物芸術家であるというプライドを持つこと

 高度資本主義はライフラインと社会保険料を「強制的高負担」にすることによって、自給自足の手足をもぎ取り、グローバリズムの名の下に、世界中の自給自足を破壊していった。

 生きて行くための最低限の生活が「農業」では成り立たないということが、資本主義経済下の赤裸々な現実になっている。

 つまり、資本主義経済と、自給自足を中心にした小規模農業は「対立関係」にあり、どちらかが、どちらかを「淘汰する関係」としてのみ成り立つ。



竹が資源に大変身
(8月13日農業新聞)

 「はちく」の竹の子は、「孟宗竹」の竹の子が終わって1ヵ月後の、5月末頃から出始めるが、お墓へ侵入したり、道にまで侵入してくるので、鎌で刈ったり、、短いのは足で蹴飛ばして倒したりしていたが、「竹が飼料になる」という春先の記事を思い出して、鎌で刈った「はちく」をトリ小屋に入れたら、すぐには食べようとしなかったが、時間が経っていってみると、きれいに竹を平らげている。まだ小さい竹の子ならわかるが、結構背が高くなって、ちょっと硬いかなと思える部分まで食べている。それを見て、竹は「活力源」のような独特の栄養素でもあるのではないかと思った。

 伐採した竹をその場でチッパーシュレッダーで細かく砕き、トラックで運んで植繊機でパウダー化し、サイレージにすると飼料になる。
 
 発酵剤を加えて約4ヶ月間発酵させると肥料になる。

 やっかいものの竹が資源に変身してくれれば、このうえないが、竹を切り出したりする労力が大変なので、果たして採算が取れるのかどうかが問題。


2008_08132008年08月13日0004   

 今日のニワトリ。いくら暑くてもニワトリは互いにくっついて寝る。くっつくというよりも、押し合いへし合いして、すき間に割り込むといった感じ。
 

2008_08132008年08月13日0020

(今日の夕飯)
ソウメン・・・青シソ
刺し身・・・ボラ、マグロ
豆腐・・・青シソ
キュウリの塩もみ

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農業規模が大きいことはメリットか?

2008_08122008年08月12日0014 2008_08122008年08月12日0017 2008_08122008年08月12日0027

 枝を切り戻してまだ18日しか経過していないナスビだが、左の画像のように茎葉がかなり伸び、すでに花がたくさん咲いている。全く害虫はいない。18日前には、葉も実も虫食いでボロボロだったのに、ニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)はどこに行ったのだろう。

 真ん中の画像はツルムラサキ、右はサトイモ。これだけ雨が降らないと、
(1)夏場に水やりができる定植本数(面積)
(2)水やりにまわせる時間
(3)ホースの関係で、水やりのできる場所
 この3点に関して、これらの春夏野菜を定植する4月、5月に「徹底してシミュレーションをする」必要がある。
 春に夏の水やりのイメージをすることは難しいが、ぜひこれを繰り返しておく必要がある。


2008_08122008年08月12日0006

 電柵のおかげでイノシシの被害を受けていない。というか、ここ2ヶ月ほど、足跡を見かけない。しかし、イノシシは芋が太り始めた頃にやってくる。
 早生品種の紫芋の収穫が始まるまで後1ヶ月ほど。

 

 午後1時半、今日はいつもより1時間早く昼寝から目覚めた。外は炎天。4時がまわらないと、田んぼには出れない。4時過ぎからでも7時過ぎまで3時間の農作業ができる。
 
 明日からお盆。お盆でも野菜は休んでくれないので、出荷は休まない。今朝は2時間ほど、家の外まわりの草取りをした。田んぼも草山であるが、お盆なので家の方を優先して「外面」だけは体裁を整えた。

 雨が降ってくれない。一雨あってから、もう一度、耕運して、ニンジンの種を蒔きたいが、今のままでは田んぼが耕運できないし、種を蒔いても、こんなに乾いていると発芽が難しい。遅くとも、つるなしインゲンは8月20日、ニンジンは8月23日頃までには蒔き終えたい。


集落営農 

 集落営農という言葉をしばしば新聞で目にするが、当地では、そんな話は全く聞かないし、集落営農などの話は持ち上がらないと思う。
(1)いったいどんな作物を集落営農するのか。作物が具体的にイメージできない。
(2)リーダーに「お任せ」するだけのことを集落営農というのだろうか。
(3)集落民にボランティアの草刈等がまわってくるのだろうか。
(4)集落営農より個人営農の方が効率ははるかに良いと思う。
(5)稲作の集落営農とすると、今まで個人が持っていた稲作の大型機械はどうなるのだろうか。
(6)リーダーがこけたら、みなこける。次なるリーダーは農業では育ちにくい。



岡山県 新庄村 農業体験者募る 

 新庄村は、9月6、7日の両日、村内で開く農業体験「来られ~新庄村」の参加者を20日まで募っている。
 定年退職者や若者の田舎暮らし受け入れを狙いに、初めて開催。
 堆肥を使って化学肥料を半分以下に抑えた「源流域野菜」として村が認定するハクサイ、ダイコンの苗植えの他、森林セラピーロードの散策会などを行う。定員20人。宿泊費や4回の食事を含む参加費は大人12000円、子供6000円。申し込み、問い合わせは村産業建設課0867-56-2628

 鳥取県との県境に近いので行ったことはないが、今、何かと脚光を浴びている村である。ここの農業体験は「貴重な体験」になると思う。

 

 
政府は食糧自給率向上を掲げているが、規模拡大や担い手育成の優等生で、日本の食糧基地である北海道の担い手が農業で食べていけなくなっている(農業新聞8月12日)
 
 農業にとって「規模が大きいこと」は本当にメリットがあるのかどうか、この辺でもう一度真剣に考えてみる必要がある。
(1)規模が大きいと、必然的に大型機械が必要になる。
(2)農業の癒し的側面と規模は反比例する。
(3)規模が大きいと、無農薬、無化学肥料はちょっと考えられない。 
(4)確かに20世紀までは規模が大きいこと=収入増大につながったように思うが、21世紀もそうなるだろうか。
(5)何十年にもわたって、単純に規模拡大をお題目のように唱えているのは行政と農協だけ。
(6)農業では、規模の大きい所から破産しているのではなかろうか。
(7)飼料の高騰、肥料の高騰、燃料の高騰、資材の高騰、農具の高騰という「5大高騰要因」が、規模が大きいと回避できない。
(8)単作大規模という農業形態は、異常気象に弱い。

 

青森産の降霜、ひょうのリンゴ被害は65億円

(1)4月下旬~5月下旬にかけての降霜(遅霜)
(2)5月、6月と2回のひょう害

 自分はまだ「ひょう」の被害にあったことがない。子供の頃に「葉タバコ」がひょうの被害にあったことを聞いたくらいである。
 青森県は台風の被害も多いし、災害の多い地域だと思う。

緊急需給調整(産地廃棄)

 青森県のJA十和田おいらせ管内で、緊急需給調整事業を受けた夏ダイコンの土壌還元(産地廃棄)作業が始まった。価格の低迷が理由。
 県全体で210トンを見込む。交付金は1キロ当たり39円。(農業新聞8月12日)

 収穫しないのだから、1キロ当たりという言い方はおかしい。10アールに対していくらという交付金だろう。
 産地廃棄は生産者にとって辛すぎる現実。



2008_08122008年08月12日0063 2008_08122008年08月12日0052 

 今日のニワトリ。入り口の扉を開けなくても、足音を聞きつけて、入り口近くで飛び跳ねているのを見れば、ニワトリの元気度がわかる。
 この暑さはこたえていると思うが、今は水を朝と晩の2回入れ替えていることと、野菜くずや草を欠かさないようにしている。画像ではほとんど青菜が見えないが、あっという間に平らげる。1時間ほど前にスイカの皮とジャガイモのくずをたくさん投げ込んでおいたのに、かけらも見えない。
 今日の産卵は4個。現在の産卵率は1割ほど。
 現在はコゴメがないので、購入エサと米ヌカを半々ほど与えている。1羽につき1日100グラムと言われているが、1日に購入エサと米ヌカで40グラムほどしか与えていない。夏場だし、長期間飼うので産卵率を抑えている。


2008_08122008年08月12日0077 

(今日の夕飯)
 
ナンキンの煮物
鶏肉、コロッケ・・・市販の惣菜
キュウリの酢の物
ピーマンの炒め物

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農業経験の「引き継ぎ」ができない

 自分の20年ほどの農業経験を伝える「後継者」がいない。25才と23才の娘がいるが、農業はしない。
 
 日本全国で今、自分と同じように、貴重な農業経験を伝えることができない人がたくさんいると思う。義兄もそうである。自分の知り合いの農業仲間も、誰一人後継者がいない。
 
 これは日本の大きな損失である。本当に大きな損失である。

 農業は学校で学んだり、参考書で勉強したりするよりも、実際に田んぼで先輩の農業者に教えてもらうのが最も近道である。「経験年数」はそれくらい貴重である。
  しかし、
(1)農業では食えない。
(2)学歴の高い人がする職業ではない。
(3)社会的な評価が、3年ほど前まではかなり低かった。
(4)収入になるという話をあまり聞かない。
(5)農業をしてきた親が農業をすることに賛成しない。
(6)ここ10年ほど気候がおかしくなった。梅雨に雨があまり降らないことも多く、秋雨前線の雨が少ないことも多い。
(7)考えもしなかった「害獣被害」が多発するようになった。シカ、イノシシ、カラス、その他、得体の知れない害獣。
(8)肉体的にかなりしんどい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 考えていたら、いいことが一つもない。
 
 自分も35才の春まで想像もしなかった職業である。 

(1)タマネギを9月のお彼岸に蒔くなど知らなかった。
(2)ジャガイモやタマネギが何ヶ月も腐らずに保存できることを知らなかった。
(3)ダイコンを9月に蒔くことはうすうす知っていた。
(4)ナスビやピーマンが6月中旬頃から成り始めて、11月頃までの5ヶ月間近く成り続けるものとは知らなかった。
(5)エンサイ、ツルムラサキ、オクラは農業を始めるまで食べたこともなかった。
(6)ナンキンは簡単にできると思っていたのに、こんなに「きゃしゃな作物(病気が多い)」だったとは知らなかった。
(7)サトイモにこんなに水が必要とは思いもしなかった。
(8)サツマイモは挿し木ということは知っていたが、苗作りの方法は知らなかった。

 農業がひらめく前の自分のレベルはこんな状態だった。サラリーマンをしている時には、休日はもう「くたくた」で農業などする気も起こらなかった。

 田舎に住んでいても、サラリーマンをしていると、農業の知識はこんな程度だと思う。
 
 とにかく「カネ儲け」には、農業は割の合わない仕事だということを、田舎の人は知っているから、よくよくの事情がない限り、農業を職業として選択することはない。
 
 最近ますます、農業を取り巻く状況が厳しくなったと感じる。

 こんな状態だから、農業の「引き継ぎ」はほとんどない。今後の10年間が「引き継ぎ」ができるかどうかの瀬戸際になると思う。今後10年間と考えたのは、経済の高度成長により団塊の世代以下の人はサラリーマンになった人がほとんどである。つまり、まだ農業をする人がいた最後の年齢層は、現在の65才くらいと思う。その方たちが第一線から退いてしまう75才までの今後10年間が「日本農業の最後の引き継ぎ期間」と考える理由である。
 
 団塊の世代の人は、長く農業から遠ざかってはいても、子供の頃の「農業の原風景」が脳裏に残っているので、短期間に農業を形にする人も多いが、経験を伝えるところまではいっていない。

 教えてもらうのとゼロから始めるのとでは大違い。教えてもらえば3年ほど得をすると思う。政治の世界でも実業の世界でも2代目は圧倒的に有利なのである。

 農業がこんなに廃れたのは、一つには「国際分業」の考えがあったと思う。これは主に企業がリードした考えで、高い工業製品を売りつけて、農作物は輸入すればよいという考えである。
 
 確かに日本は今まで、農業より工業や商業の方が、仕事としての「格」がかなり上だった。農業はあまり利口でない人がする仕事だったのである。高校の順位付けでもそうだった。

 現在においては、

(1)地球規模での人口の爆発
(2)温暖化による利用できる土地の減少
(3)気候の異変
(4)バイオエタノールの需要の発生
(5)世界的な飼料の奪い合い
(6)世界的な肥料の奪い合い
(7)燃料となる原油の高騰

 つまり、地球という限られたスペースでは、今後は「食糧が不足する時代に入った」と言える。

 では農業はビジネスチャンスなのか。いや、ますます作りづらくなっているので、より厳しいピンチである。

 
 45年前までは無数にあった30羽養鶏が、10~50万羽養鶏に取って代わられたように、小さな個人農は、いずれは大規模にシステム化された企業農に取って代わられるだろうか。
(1)企業による土地の買い占めは起きない。買ってまでしたらまず採算は取れない。
(2)養液栽培等、高度にハイテクの装置を利用する農作物にはメリットがあるかも知れない。
(3)大規模といっても諸外国に比べてスケールメリットのない稲作、小麦、大豆、トウモロコシに新規参入しても採算は取れないと思う。
(4)同じく、畜産に新規参入しても採算は取れないと思う。
(5)結局、花とかシステム化しやすい果樹(イチゴ等)や野菜(パプリカ、キュウリ、ナスビ、ピーマン、オクラ、トマト、インゲン)が企業農の狙い目。
(6)逆に、タマネギ、ジャガイモ、ナンキン等のウリ類、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブ、ブロッコリー、ニンジン等の広い場所が必要な野菜や、重量野菜はメリットがないと思う。
(7)ホウレンソウ、シュンギク、ハーブ類はシステム化できるのでメリットになる。 

 結局、企業農が新規参入できる農作物の種類は限られていると思う。


2008_08112008年08月11日0010

(今日の夕飯)
豆腐・・・青シソ
鶏肉・焼きソバ・・・市販の惣菜
オクラ

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犬島

 2008_08092008年08月9日0046  

 出かけた後にブログがあるのではなく、ブログのために出かけることが最近は多くなった。昨日は犬島に行った。
 新聞に「犬島時間」や「犬島アート」のことが時々紹介されていて、近くだが、まだ行ったことがなかったので、行ってみようと思った。

        

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2008_08092008年08月9日00092008_08092008年08月9日00382008_08092008年08月9日0005

 こんなアートがあった。上は蟻。下は何かのお面。
 犬島時間は、美術を通して地方都市独自のコミュニケーションのあり方を提案しているらしいが、あまりピンとこなかった。

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 犬島は小さな島である。昔、精錬所があった頃には、この小さな島に2000人以上が住んでいたらしいが、現在は60人ほどに激減している。
場所 岡山市の宝伝沖にある瀬戸内海の小さな島
距離 我が家から宝伝まで車で40分ほど。
    宝伝から船で6分ほど。片道300円

 犬島に興味を持ったのは、柵原鉱山の硫化鉄鉱をこの島で一時精錬していたことがあったことと、犬島沖の無人島で最近「貝塚」が発見されて話題になっていたこと。


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 アートよりも、ひなびた島を歩きまわれたことがよかった。廃屋が多く、井戸がたくさんあった。この島に以前多くの人が住めれたのは、井戸から良い水がたくさん出たからだろう。簡易水道も整備されているようだった。
 昨日は「犬島アート(グーグル検索)」や「犬島時間(グーグル検索)」や「犬島貝塚上陸ツアー」やキャンプや自然の家、海水浴客らで、かなりの人出だったが、今度は晩秋の頃にまた訪ねてみようと思う。



水に関する世論調査(水道水の飲み方)


水道水をそのまま・・・・・・・・・・・・・37.5%
浄水器を設置・・・・・・・・・・・・・・・・ 32%
水道水を一度沸騰・・・・・・・・・・・・ 27.7%
ミネラルウオーターなどを購入・・・29.6%
 
 我が家では「水道水を一度沸騰」がほとんど。
 ペットボトルに入れて田んぼに持参する飲み水は簡易水道(山水)の生水(なまみず)である。
 簡易水道の水道管はすでに90年を越えているらしいが・・・。

 

 農協とは、就農以来、ほとんど関係がなかった。スタート時点から、農協に出荷する気は全くなかったし、出荷しないのに指導を仰ぐことはできないと思った。仰ごうという気もなかった。
 自分が就農した頃はまだ、肥料は農協だけしか取り扱っていなかったように思う。肥料の販売が農協以外にも「解禁?」されてからは、農協で購入することはほとんどなくなった。しかし、親の代からの農協組合員であり出資もしている。脱退する理由もないので惰性である。
 現在、農協で購入しているのは、ニワトリのエサと米ヌカ。ニワトリのエサは「コメリ」という農業資材店でも取り扱っているので、コメリで買うこともある。米ヌカはコイン精米機を置いている農機具店でももらえる。



 新聞3紙を読むのに1時間、夜のブログに3時間、合計4時間をブログのために使っている。これを合計3時間内で収めることが当面の課題。
 新聞を読んで切り抜きをしていても、いざブログに書こうとすると、うまく書けないことも多い。
 読みながら自分の考えを書くという方法が時間短縮につながるかも知れないと、最近ちょくちょく試みている。

 

静岡茶 ダブルパンチ

 51アールの茶園で、肥料・農薬代は年間約80万円。茶刈り機や台刈り機など約6台の管理機械の修繕費や減価償却費などが年間20万円。機械を動かすガソリン代は年間約30万円。
 今年は一番茶、二番茶合わせて140万円の収入なので、経費を差し引くと残りは10万円。他にも経費はかかり、人件費は到底出ない。(農業新聞8月10日)
 
 自分の作付量は30アールほどなので、規模的には20アールほど広いだけだが、収入面は厳しいのだなあと思った。肥料と農薬で年間80万円というのが大きい。自分の場合は肥料と農薬を合わせても、年間に1万円ほど。(今年は化成肥料を2袋購入しているので約3千円と、米ヌカを年間で約40袋購入4千円、ナタネカスは年間に4袋ほどで3千円。農薬代は安い。1度買えば5年ほど買わなくてすむ)。

 

 韓国は1970年代から、新品種の育成や化成肥料、農薬の普及をキーワードとする「第一緑色革命」運動を始めた。しかし自給率の向上は見られず、2007年の米の自給率は95.5%、小麦の自給率は0.3%にとどまった。
 一方、国際価格の高騰で輸入メリットが薄れ、自給率を高める良いチャンスとみて、冬場の遊休農地の活用をメーンとする「第二緑色革命」を宣言した。
 具体的な取り組み内容は、
(1)小麦の栽培農家には1ヘクタール当たり100万ウオンの景観補てん金を支払う。
(2)青刈りした麦などを加工する粗飼料生産・流通経路体の構築も支援する。
(農業新聞8月10日)

 お隣の韓国では「減反政策」などないのだろう。米の自給率が95.5%というのは、緯度が高く、日本の北海道のような気候だからだろうか。

 
 
 飼料や肥料や燃料がいくら高騰しても、価格に反映できないのが農業や漁業である。最底辺の「第一次」産品であり、流通経路を自分で持っていないし、価格に反映すれば、いくらでも安い輸入品に置き換えられてしまうからである。
 グローバルな世界では、インドや中国やブラジル、アルゼンチンやオーストラリアやカナダが農産物価格を支配し、制覇していく。
 日本の畜産は「補助金漬け」でないと生き残れない可能性が高い。


2008_08102008年08月10日0008  

(今日の夕飯)
親子丼・・・豚肉、タマネギ、オクラ、卵
ピーマンの炒め物・・・干しエビ
シシャモ

 

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漁業補助金と農業補助金の相違

厚生年金5.5兆円赤字
 
 年金積立金管理運用独立行政法人による市場運用が、株式市場の低迷などで過去最大のマイナスとなった。

 年金財政が積立金の市場運用に大きく左右される実績があらためて鮮明になった。

 運用による累積黒字が07年度末で7兆4千億円あることから、社保庁は「単年度の終始結果だけで(運用について)評価するのは適当でない」としている。
 
 諸外国において「投機マネー」として暗躍しているのだろうか。
 運用しているのならマイナスになった時は誰の責任? 穴埋めは結局、税金? それとも受け取れる年金の縮小?

 

 ブラジルは中国、ロシア、インドと並ぶ経済成長著しい新興国だ。そんなブラジルの経済のアキレス腱は治安の悪さだ。失業者や路上生活者が大量に存在し、犯罪は増えている。特にサンパウロやリオデジャネイロでは、スラムを活動拠点とする犯罪組織を中心とした抗争、自動小銃や機関銃、手投げ弾を使った銃撃戦が後を絶たない。(朝日新聞8月9日)
 
 スラム街で育った子供たち、あるいは、スラム街に落ちていかざるを得なかった大人たちにとって、資本主義は住みやすい世界だろうか。 
 
 人間の思考も行動も、多くは「経済」によって振り回されると思う。封建的な身分制度が固定化されていた近世以前の時代には、貨幣の流通は限られた領域だけで、多くは物々交換の自給自足の経済だったから、経済的な明らかな差が生じることはなかった。
 
 経済からの自由(自給自足)は、封建的な身分の格差はあっても、生きる自由度が現代人よりはるかに高いと思う。

 

 もし自分に、故郷とか土地とかなかったら(人生に追い詰められた時の最後の決断の時にイメージできなかったら)、生活の場は、いったいどこになったであろうか。
 
 自給自足は資本主義経済からの開放であり、「生きる自由の確保」であるが、現代人は必要最低限のライフラインで自由の一翼を奪われ、社会保険料と住民税、固定資産税、消費税等の各種税金で、もう一方の翼を奪われ、結局、両翼を奪われてしまい、どうすることもできない。
 
 鎖でつながれた自由、それが21世紀を生きる現実。

 

 
 政府は漁業関係者向けの原油高対策を決定した。燃料代が上がって「漁に出ても採算割れになる」といった窮状にある漁業者に対し、省エネ努力を条件に、燃料代増加分の9割を国が補填するなどで、総額745億円を投じる。

 漁業への補助金と、農業への補助金は、状況がかなり異なると思う。漁に出るためには船の燃料である軽油が欠かせない。これは自助努力ではどうすることもできないと思う。

 逆に農業では対策がいろいろ可能と思う。
(1)加温したりなど、時期に逆らって作ることを控える
(2)肥料は可能なら畜産農家と提携して、化学肥料を控える
(3)飼料は、国産飼料への転換を進める
 
 しかし、
(イ)燃料がいる機械類の利用の節減
(ロ)ポリや黒マルチ等の農業資材の節減
 は現実には不可能のような気がする。
 
 そして、よく考えてみると、(2)や(3)も不可能のように思う。
 
 (2)に関しては、野菜産地では肥料としてN(窒素)、P(リン酸)、K(カリ)をきちんと計算して、必要量だけを投入しているはずなので、畜産農家の有機肥料では、それが計算上不明である点が困ると思う。

 (3)に関しても、国産飼料に切り替えるために、新たな機械投資が必要になるなら、それは難しいし、稲作農家などと提携するにしても、飼料稲が果たして従来の輸入飼料と同じくらいの効果があるかどうかは疑問であろうし、稲作農家も、飼料米が採算に合わなければ作れない。

 現実的には、農業においても(1)以外は切り替えていくことが難しいと考える。輸入飼料が2倍に跳ね上がっても、まだ国産よりかなり安いような状態が続けば、切り替えるといっても、どうしようもできない。

 グローバルな農業状況では、破産するか、補助金をもらうか、選択肢はそのどちらかしかないような気もする。
 本当に経営体質を変えるには、輸入飼料や輸入肥料がほとんどストップするまで待たなければならないのかも知れない。

 ストップしてから切り替えを始めても「遅すぎる」のであるが、現実に輸入品が国産よりまだ安いなら、輸入品が入ってきている間は「農業の体質転換」はできない。

 

2008_08092008年08月9日0061  

(今日の夕飯)
お寿司

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U・Iターン相談会

U・Iターン相談会(主催、朝日新聞大阪本社広告局)

 新天地で仕事を見つけて定住したい人や、就農、田舎暮らしに関心のある人を応援します。
 
 朝日U・Iターン相談会は、各自治体・団体の担当者と直接話し合えるイベントです。若い方、団塊世代の方、ご家族連れ、友人同士・・・ご来場をお待ちしています。

 参加の申し込み方法。郵便はがき、またはFAX、メールで。
(はがき)〒530-8211(住所不要)
朝日新聞大阪本社広告局「朝日U・Iターン相談会」係
(FAX)06-6227-9597「朝日U・Iターン相談会」係
(メール)jobkansai@asahi.com
 「朝日U・Iターン相談会」係

開催日時 9月7日(日曜日) 

申し込み締め切り9月1日(月)必着
 郵便番号、住所、氏名、年令、参加人数を明記
 応募者多数の場合は抽選のうえ、参加入場券の発送をもって発表とさせて頂きます。

自治体・団体一覧
 福井県産業労働部労働政策課
 財団法人 ふるさと島根定住財団
 広島県交流・定住促進協議会
 財団法人 やまぐち農林振興公社
 NPO法人 地球緑化センター

お問い合わせ:朝日新聞広告局「朝日U・Iターン相談会」係
☎06-6202-6504



農村移住で夫婦どうなる
 
 都会からの移住者受け入れを進める長野県飯山市が、女性を対象にしたセミナーを企画している。ロマンが先行しがちな男性に対し、現実を見る女性の視点は農村移住の成否を大きく左右するとして、実際に同市に移住した女性が決断までのエピソードや、現在の暮らしぶりを本音で語る。
 セミナーは23日、東京・銀座のふるさと回帰支援センターで開く。男性も参加できる。定員25人。申し込みは長野県飯山市いいやま住んでみません課 
 ☎0269-62-3111

 
 現在は田舎暮らしの相談会やセミナーがしばしば開かれるようになった。

 住んでみたい県が定まったら、その県の市町村へ順番に電話を入れてみて、「都会からの移住者受け入れ」を実際にやっているのかどうか尋ねてみるとよい。ていねいな対応かどうかで、その市町村の熱心さが判断できる。

 田舎へ移住するにしても、大きな投資をしないことだと思う。大きな投資をすると動けなくなる。
 
 空き家がいくらでもあるので、購入する必要は全くない。田舎に「人づて」があれば、探してもらえる可能性がある。「人づて」だと人間関係が一つできていることになり、信用してもらえる。

 
 
倉敷チボリ公園、閉園へ (8月7日山陽新聞)

 倉敷チボリ公園の廃止と、県や倉敷市、民間企業が出資して設立された第三セクター「チボリ・ジャパン」社の解散が決まった。第三セクターという無責任体制の中で、資本金161億円のうち144億円が消えた。
 97年7月開園だからまだ11年しか経過していない。責任の所在が明らかにされないのがこの国の行政。

 
造林公社、巨額負債(8月8日朝日新聞)

 全国の林業公社、造林公社が総額1兆円超の負債を抱えている問題で、京都府知事と滋賀県知事は、総務相、林野庁長官らと相次いで会談した。公社が抱える負債は将来、激しい府県の財政をさらに圧迫する恐れがあり、協議の行方が注目される。滋賀県の2造林公社の負債は全国最多の1千億円超。
 会談後、知事は「公社の問題は将来大変なことになるという問題意識は、国も地方も一致している。公社の設立は、国策の側面もあったのだから、その債務処理などを議論したい」と話した。
 何でこんなに負債が増えるまで放任していたのだろう。責任の所在が明らかにされないのがこの国の行政。

 

 国民年金保険料納付率63.9%。保険料を全額免除、猶予された人は除いて計算する。
  全加入者を分母にして計算した場合の納付率は、06年度ですでに49%まで下がっているため、民主党は「国民年金は政府が示す納付率以上に空洞化が進んでいる」と指摘している。
 農業収入では国民年金保険料の支払いは大きな負担である。自分の場合、残り4回で65万円ほど支払う必要がある。



 インド中部の綿花生産地、マハラシュトラ州ボスボダン村は人口約2千人。村ではこの7年で17人が自殺。綿花の買い取り価格の低迷による借金苦と言う。
 どこの国でも農家の生活は厳しいらしい。農業においては、借金をしたら農業収入では払えない。設備投資や機械投資をするなら自己資金の範囲内に留めておきたい。


2008_08082008年08月8日0007

(今日の夕飯)
ピーマンとタマネギの炒め物・・・卵、青シソ
シシャモ
キュウリの塩もみ、ラッキョ
豆腐・・・青シソ 

 

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農業へのバラマキ財政は莫大な無駄

 農水省は5日、一定規模以上の中核農家や、農家グループを重点的に支援する「水田・畑作経営所得安定対策」の加入申請状況を発表した。
 コメ、麦、大豆などの生産者が対象。具体的には、
(1)麦や大豆などは国内では生産費が販売価格を上回るため、その分を国が補填する。
(2)収入が不安定な農家経営を支援するため、その年の収入が一定水準を下回った場合、その9割を補てんする。

 今年から、認定農業者、集落営農組織ともに市町村長が認めれば面積用件を満たさなくても加入できる。

 2007年産で加入した50211経営体に支払った補てん金総額は313億7151万円。1経営体あたりの補てん額は62万5千円だった。
 
 岡山県の実績は
経営体数・・・278
収入減少補てん額・・・2億564万5千円
1経営体あたり補てん額・・・74万円



農家へ求職者を紹介

 北海道上川地域のJA(農協)は、農家に求職者を紹介する無料職業紹介を始めた。キュウリや菊の農家向けヘルパー派遣に次ぐ農家支援の第2弾で、求職者16人が登録、この内11人の契約が決まるなど好評だ。
 農業でも人手不足が深刻化する中、JAでは規模拡大や適切な労力配分の切り札として、紹介事業やヘルパー制度の拡充を図る方針だ。

 こんなことを、他のJAも積極的にしたらよいと思う。心ならずも農業経営に行き詰まり、進退を考えている人も多いと思う。年令が高くなると、時間給700円~850円ほどのアルバイトしかないが、同じアルバイトでも農業なら経験が生かせる。使う方も使われる方もメリットがあるのではなかろうか。
 将来の農業を目指している人には、そういう農家でのアルバイト経験も役に立つのではなかろうか。
 
 良いと思ったことはどんどん真似をして欲しいと思う。例えば鳥取県が導入している「ヤギのリース事業」など他県になぜ広がらないのだろう。牛は簡単には導入できないが、ヤギは小型なので軽四にも乗せれるし、高齢者や女性でも簡単に扱える。
 休耕田の草刈動物として、あるいは、イベントや観光農園にヤギは最適だと思う。エサ代もかからないし、かかる手間はニワトリより少ないように思う。こんな事業がもし10年前に岡山県にあったら、導入していたと思う。今あるなら、とりあえず1年間導入して見たい。物置かトリ小屋の隣で飼える。
 

 

 タマネギ、ニンジン、ネギの3種類は中国からの輸入量が多いが、国産の価格は東京市場のデータによると、7月下旬にはタマネギ1キロが71円、ニンジンは100円ほどだった。あまりに安すぎる。自分の価格は、
 タマネギ1キロ250円
 ニンジン1キロ250円
にしているが、手間をかけた有機栽培なので、この価格でも安いと思っている。しかし、スーパーなどで売っている価格との関係もあるので、これ以上高くはできない。15年間、ほとんど価格は変えていない。近くのスーパーの野菜価格もここ15年間、ほとんど変動がない。
 
 東京市場のタマネギ1キロ71円、ニンジン1キロ100円の価格を見ると生産者は大変だろうと思う。しかし出荷農家は大規模機械化栽培であり、化学肥料、農薬、除草剤使用の3点セットだろうから、自分のような農業とは全く異なる。
 グローバル化している資本主義経済の下では、価格の点で中国野菜に劣ったら、経営の継続は困難である。この価格でも十分に利益が出ていると考えられる。
 
 自分はしばしば義兄(姉の嫁ぎ先)の「トウガン」や「ハクサイ」「キャベツ」の田んぼを見る機会があるが、産地の作付量には度肝を抜かれる。作付量は軽く自分の100倍を越える。何でこんなに作れるのかわからないが、かなりの高齢者でも産地では作付量が多い。
 
 これは、農業者それぞれの個性であり、農業に対する見解の相違であり、コンプレックスを感じたり、比較の対象にすることではないが、世界(主に中国)の農作物と競争するには、こういう作り方をする必要があるのだろう。
 
 ワンパック野菜は市場価格は関係ないというものの、やはりスーパー価格とあまりにかけ離れた価格設定は難しい。しかし、「自分の価格」を貫ける農業者でないとワンパック宅配は続かない。



景気対策「借金での誘惑を断て」
(朝日新聞8月7日社説)

 『・・・忘れてはならないのは、90年代の「バラマキ財政」を繰り返さないと言う大原則だ。バブル崩壊後、公共事業などに総額100兆円以上を投じた景気対策は、期待されたほどの効果がなかったばかりか、膨大な借金を国家財政に残した。
 その結果、今では社会保障を毎年切りつめ、大幅な増税をしなければ将来の財政均衡さえ見通せない惨状だ・・・』

 いったい農業現場には、どれくらいの「バラマキ」があるのだろうか。
 日本農業の構造自体を変えていかないと、「バラマキ」は「莫大な無駄」に終わる。
(1)飼料の海外依存
(2)肥料の海外依存
(3)燃料(燃料の高騰)をたくさん使う農業
(4)資材(資材の高騰)をたくさん使う農業
(5)機械(農具の高騰)に依存した農業

 こういう農業構造自体を変えて行かないと、日本農業の足腰は何ら強くならない。

 認定農業者や集落営農組織に補助金の「バラマキ」をするのではなく、上記5項目の依存体質を変えていくことに補助金を投入すべきである。
 
 大規模農家や集落営農(同じく大規模と言う考え方)は、環境保全に何ら貢献するどころか、かえって地域環境を悪化させているのではなかろうか。
 
 農業の底辺を拡大する施策や、ロストジェネレーション世代(就職氷河期で貧乏くじ世代。20代後半~30代)が農業に参入しやすい施策に、補助金を集中させるべきだと思う。
 
 家庭菜園農家、自給自足型農家、定年帰農型農家、小規模農家を増やすことが、未来の日本農業にぜひ必要である。
 環境を守り、農業を根底から支えるのは、こんな小さな農家である。
 
 3000羽養鶏を1軒支える補助金ではなく、30羽養鶏を100軒増やすことに補助金は使われるべきである。これこそ、鳥インフルエンザ(危険分散、動物愛護)にも、農業にも、未来の子供たちにも、最も大切なことである。


2008_08072008年08月7日0001 

(今日の夕飯)
ピーマンの炒め物
サワラ
豆腐・・・青シソ

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農業の技術継承について

 団塊世代の大量退職に伴う技能伝承問題は「2007年問題」と言われたが、多くの企業が対策を講じ、大きな問題は起きなかったように見える。ただ、中小企業は後継者難や技能を伝える相手がいないことから深刻なようだ。(東レ経営研究所)

 農業の現場でも、次の世代に技術を伝えることができる人は、後継者がいるごく少数の農家だと思う。
 
 農業も、経験を重ねた技術の価値は大きいが、大半の人は伝える人がいない。自分も伝える人がいない。
 
 ポイントポイントを教えてもらうだけでも、やはり3年くらいの「引き継ぎ期間」があった方がよい。
 
 家庭菜園でも、引き継ぎ期間が3年ほどあるのが理想である。自分の場合も農業を始めてからの3年間は父が元気だったので、田んぼの良し悪し(稲の収量の差で良し悪しを判断していた)とか、いつ蒔いたり、いつ植えたりとか、温床の作り方とか、育苗の仕方とかを教えてもらった。
 
 これは大きかったと思う。
 
 ただ、その後大きく農業を展開する才覚はなかった。もともとそういうことに興味がなかったとも言える。
 
 農業に大きな投資をすることも考えられなかった。結果的には、農業用軽四、物置、鳥小屋、管理機(鍬代わりのミニトラクタ)、井戸、ポンプ、ホースに投資してきたが、他の農業者と比較して考えれば、これくらいの投資は少ない方だと言える。
 
 農業がひらめいてからスタートするまでの2年間(35才、36才)の間に、何人かの農業者の田んぼを見せてもらったが、自分にもできそうな農業形態をしている人はいなかった。
 
 最終的に、家庭菜園の延長のようなワンパック宅配ならできると思った。というのは、ワンパック宅配は顧客に直接届ける方法だから、外観やサイズはあまり問題にならないし、直接だから「やりがい」もある。ただ、安全性、鮮度、味の3つは要求度が高いと思った。そして、顧客を見つけるには、最初は「軽四での引き売り」しかないだろうと思った。

 とにかく、作ることに関しては、家庭菜園の延長と考えた。これなら自分でもできると思った。稲作のような大型機械を使うことは苦手だったし、果樹のように成り始めるまでに何年も待たなければならない作物も考えられなかった。そして果樹は、棚作りとか、暴風や鳥獣害を防ぐネットとかの設置が自分には無理と思った。無料でハウスももらえたが、ビニールを張ったり、台風のことを考えたら自信がなかった。1種類を大規模に作る方法も、自分には不向きと思った。

 結局、取捨選択していったら、自分にはワンパック宅配という農業形態しか選択の余地がなかった。
 
 技術力の向上にも、あまり関心が向かなかった。
(1)肥料をどうするか
(2)水をどうするか、水やりの手間がどれだけとれるか
(3)いつ、なにを、どれくらい蒔くか
 これらが自分には重要事項だった。今でも、作物の収量には上記3つが最も深く関与すると考える。
 
 ワンパック宅配では、作ることより、顧客を見つけてその顧客に長く続けてもらうことがポイントになる。
 
 自分は、
(1)完全無農薬、完全無化学肥料
(2)不耕起栽培
(3)無肥料栽培
 とは一線を画す。もちろん完全無農薬に近い(秋のアブラナ科野菜に1~2回使用するだけ)し、完全無化学肥料に近い(1年間に化成肥料は1袋、多くても2袋まで。液肥が施し辛い時に使う。6月に買った化成肥料はほんの少し使っただけ)と思っている。不耕起栽培も作物を決めてしている。やっていないのは無肥料栽培だけ。これはする気はない。

 農業に対する思いや、栽培方法等は、月に1回あめんぼ通信に書いてワンパックに添付していた。

 ワンパックの顧客が続いてくれないのは、
(1)長年の間の家族構成の変化
(2)経済事情の変化
(3)ワンパターンの野菜のマンネリ化
(4)他にもっと良いワンパックと出会った
(5)全部使いきれない
 等の問題があると思う。

 現実には、コメや果樹、野菜の「提携」で、20年以上、安定した顧客をキープできている人もいるが、これはごく少数の農業者だと思う。

 自分の場合、8年目に入った頃、顧客の不安定から
(1)ハーブの導入
(2)炭焼き(ドラム缶方式)
(3)観光農園
(4)百姓塾(家庭菜園塾・定年帰農塾)
(5)イベント収入
(6)家庭菜園ヘルパー
 等、農業形態の変更や、収入アップの道をいろいろと模索した。結局、カネにつながったのはハーブだけだった。(4)で稼ごうと農閑期に集中的に営業したがだめだった。10年前にはまだ百姓塾は「さきがけ」だったが。

 ハーブの電話営業(神戸、大阪、京都)を始めてからは、個人客を増やす営業は全くしなかった。都会の個人客を増やす営業方法が思い浮かばなかったからである。

 13年目の末に、スタート時からのあめんぼ通信を1冊の小冊子にしてから、書くことに始めて生きがいを感じ、そちらにエネルギーを注ぐようになり、以後、野菜とハーブの営業活動をほとんどしなかった。

 ブログを始めてからは書くことにもっと時間を取られ出したので、
 自分の部屋は散らかり放題
 家まわりも片付かない
 田んぼの草刈もなかなかできない
 営業活動もなかなかできない
 

 睡眠時間と、野菜時間と、ブログ時間が微妙なバランスの上に成り立っている。

 
2008_08062008年08月6日0006 

(今日の夕飯)
天ぷら・・・市販の惣菜
キュウリの塩もみ、ゆで卵
豆腐・・・青シソ
オクラの湯通し・・・青シソドレッシングで食べた
 

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世界貿易機関(WTO)の貿易交渉が決裂

2008_08052008年08月5日0010 

 『長野県飯田市の下栗地区は、標高700メートルから1000メートルほどの急傾斜地に集落が点在する。地区の最大傾斜度は38度を越えるといわれ、「太陽が足元から昇る」と表現される。同地区では今、同県の選択無形民族文化財の指定を受ける「味噌田楽」用の「二度芋」の収穫が追い込みを迎えている。』

 先日、棚田の傾斜地を見てきたので、少々の傾斜には驚かないが、38度の傾斜はどんな気分だろう。「芋は転がっても人は転がらないよ」と笑い飛ばす。

 山間地には山間地のライフスタイルがあった方がいいと思うが、今は日本全国どこへ行っても、同じようなライフラインと社会保険料の負担がある。
  
 江戸時代には、厳しい身分制度と年貢の取り立てがあったようだが、大飢饉は別として、食べることに関しては、最低限、事欠かなかったと思える。今のように環境の汚染がない時代だから、海(川)の物、里の物、山の物、いずれかの自然の産物を必要分は確保できたのではなかろうか。
 
 日常の仕事といえば、食べる物を山や川で採取あるいは捕獲したり、もしくは田んぼで生産することだったろう。

 画像の長野県飯田市の場合、果たして現在と江戸時代でどちらが住みやすいだろうか。
 
 労働は喜びであり、遊びであり、生産活動であったろう江戸時代。それが現代では、労働は苦痛、義務、試練となり、喜びや遊びは労働以外に見出さざるをえない。
 
 

 農業所得のうち公的補助金の割合は、
フランス・・・80%
米国・・・・・・50%
日本・・・・・・・20%以下
 という記述があったが、フランスや米国ではどういう補助金だろうか。特定の農業者への補助金であろうか。日本では多分「農協が選別」するのであろう。 
  自分のように、農協を通さず、直接に顧客へ届けているような農業者は公的補助金からは永遠に「蚊帳の外」だろう。しかし、周囲の環境に対する貢献は認定された農業者に比べて何ら劣っていない。

 

 世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)というのが、よくわからなかったが、山陽新聞にていねいな解説が載っていた。それによると、日本の農産品は1332品目とされ、重要品目が最大6%だと80品目程度しか対照にならない。しかし200%超の関税をかけて守っている農産品はコメ、砂糖、バター、小麦など101品目あるらしい。
 高関税の主な国内農産物は、

コンニャクイモ・・・1706%
コメ(精米)・・・・・・・778%
でんぷん・・・・・・・・・583%
小豆・・・・・・・・・・・・・403%
バター・・・・・・・・・・・ 360%
砂糖・・・・・・・・・・・・・ 305%
大麦・・・・・・・・・・・・・ 256%
小麦・・・・・・・・・・・・・ 252%

 交渉は決裂し、国内農業への打撃はとりあえず避けられた。

 

狩猟免許取得者確保

 最近は、楽しみの狩猟から被害防止の狩猟へと変化し、自分の田畑を守るためのわな免許が大半を占めるようになった。

 冬には池の堤防が掘り返され、春先には田んぼに大きな足跡がいくつもあって、どうなることやらと思っていたが、その後、イノシシやシカは出没していない。
 イノシシよりシカの方が被害が大きいというが、近辺に常駐されるようになると困ってしまう。幸にまだ当地はそんなに密度が高くない。

 週に2~3回は鳥獣害対策のことが農業新聞に取り上げられている。今日は朝日新聞に『農作物を荒らすサルやカラスを追い払うため、富山県魚津市は市職員を動因することを決めた。20~50代の男女9人が来年始め、狩猟免許の取得に挑戦する』という記事があった。狩猟免許所持者も高齢化が進んでいる。


2008_08052008年08月5日0005

(今日の夕飯)
カレー

 

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田中義剛の足し算経営革命

    22年前、母が61才で亡くなった時、そんなに若いとは思わなかった。しかし、その61才が近づいた今は、かなり若いと思う。
 自分の場合は、長くても後20年ほどが寿命かなと思う。

 その20年後はあっという間に来るんだろうと思う。それならもうこの辺でのんびりした生活をしたいと思っても、経済的理由で、それも許されない。
  65才になれば、今の農業収入くらいの年金が下りるので、あと10年ほど現役を続けざるをえないかも知れない。

 時々、あるいは、しばしば、農作業をするのが大儀になる。暑過ぎるせいだろうか。それもあるだろうが、たいした収入にならないことも理由だろう。

 学校を卒業してからは、学生時代の仲間とほとんど付き合わなくなった。仕事で精一杯で、付き合う余裕はなかったし、どうしても仕事がらみの付き合いが中心になってしまう。だから今は農業をしている人としか付き合っていない。

 卒業して30年余りが過ぎると、境遇も収入も大きな開きが出て来る。
 転職を繰り返してやっとたどりついた独立自営業であるが、組織の中で自分の居場所を見つけることができなかったら、何らかの独立自営業をするしかない。

 生き辛い世の中だと思う。今35才だったら農業にも絶望を感じるだろうが、もう55才だから、あとは「なだれ込み」で死期までつないで行けそうである。何も死を望んでいるわけではないが、そんな感覚になってしまう。

 かといって現在の境遇を悲観しているわけではない。まだまだやりたいことをいっぱい抱えて、夢も持ち続けている。しかし農業の能力は同業者よりかなり劣った。その農業もすでにカウントダウンが始まっている。

 カウントダウンを待たずに、1年でも早く出荷農業を卒業したい。


2008_08042008年08月4日00392008_08042008年08月4日00322008_08042008年08月4日0045 
  
 昨日紹介した「水は世界をめぐる」のビデオを、今日また何回か見た。牛を1頭育てるには1890リットルの水が必要になるという。

 ニワトリも1日で、右の画像の鍋一杯の水が必要である。他に
(1)草や野菜くずを育てる水
(2)穀類(コゴメ)や米ぬかを育てる水
(3)購入エサ(トウモロコシ等)を育てる水


田中義剛(たなか・よしたけ)の足し算経営革命


 田中義剛さんはテレビにもしばしば出るので、ご存知の方も多いと思います。その田中さんは酪農学園大学を卒業していて、現在、北海道中札内村で「花畑牧場」を経営している。そしてこのたび「田中義剛の足し算経営革命」(ソニーマガジンズ、819円)という本を出版した。そのインタビュー記事が農業新聞に載っていた。

 成功するかしないかは売り方次第。

 これからは個人の時代。日本の農家は個人になりきっていないから弱いんですよ。うちは自分で作って自分で売るのが7割。最後は自分で売るしかないと思います。

 田中さんは空港や百貨店の催事場で日常品とは違う売り方をしているという。他にギフト需要もあるらしい。

 果樹や米など、大半を「直販」で売り抜いている人もいるが、そういう人が農業の世界で生き残っていくのだろうと思う。この場合、徹底して個人客にこだわった方が良いと思う。
 業務用はどうしても「値段」が最優先されると思う。

 自分の「こだわりの農産物」はこだわりを理解してくれる個人客を見つける必要がある。自分はこの点が弱かった。
 個人客を見つける能力と、個人客に続けてもらう能力は同じではない。ワンパック宅配の場合、常時営業し続けないと、目減りすると思う。

 

 1965年の酪農家戸数・・・・・・・・・38万戸
 2008年2月1日の酪農家戸数・・・・2万4400戸

 40年間ほどの間に激減しているのがわかる。現在も毎年1000戸程度減っているらしい。

 

2008_08042008年08月4日0022 2008_08042008年08月4日0021

 今、田んぼの半分は空いている。


  
 2008_08042008年08月4日0013 2008_08042008年08月4日0016

 ナスビの新芽がかなり大きくなった。枝を切り戻した10日前にはまぶれつくほどいた「テントウムシダマシ」はどこへ行ったのだろうか。死んでいるわけではないし、天敵も多分いないし、他の作物へ移動した形跡もない。どこへ行ったかわからないが、もうナスビにはいない。

 右の画像はオクラ。今年のオクラはやはり多すぎた。
(1)150センチ幅の畝
(2)株間30センチ
(3)1箇所3本立ち
(4)90ポット(270本)で十分だった

 
 
2008_08042008年08月4日0010 2008_08042008年08月4日0025

 今年の柿は鈴なり。昨年、一昨年と害虫にやられてほとんど生らなかったが、ことしは枝がしわるくらい生っている。
 右はイチジク。


2008_08042008年08月4日0001 

 サツマイモの電柵周辺の草刈を早くしないと、漏電の恐れがある。


2008_08042008年08月4日0052

(今日の夕飯)
ピーマンの炒め物
スパゲティ、アジ・・・市販の惣菜
キュウリの塩もみ・・・昨日の残り
ゆで卵・・・・・・・・・・・・ 昨日の残り
オクラの湯通し・・・・・昨日の残り

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集落内の稲作農家はすでに4分の1

 7月と8月で大きく異なる点は、
(1)タマネギ
(2)ジャガイモ
(3)キュウリ
(4)ナスビ・・・・・・8月は無し(秋ナスに向けて更新中)
 
(5)ピーマン
(6)オクラ
(7)エンサイ
(8)ツルムラサキ
(9)ナンキン
(10)ニンジン・・・・7月末で終わり
(11)ミョウが
(12)青シソ、ニンニク、ハーブティ用ハーブ2種類 

 つまり自分のワンパックの場合、ナスビとニンジンに代わる作物として、8月はトウガンとニガウリが重要な位置を占める。そのトウガンとニガウリであるが、トウガンは草に負けてあまり個数が成っていない。ニガウリは液肥が濃すぎてあたってしまい枯れた。
 
 結局ワンパックの場合、多種類作っているからといって、たった1種類でも失敗すると困る。どれも将棋の駒みたいに、それぞれの役割がある1品である。

 8月になると、秋冬作をイメージしながら農作業をする。お盆明けにはニンジンとつるなしインゲンとレタスの種を蒔くし、40日後の9月13日頃から、アブラナ科野菜(ハクサイ、キャベツ、ブロッコリー、ダイコン、カブ)の定植や種蒔きが始まる。
 今日そのための3回目の耕運をした。耕運は雨後を見計らってタイミングよく耕運しないと、土がからからに渇くと耕運できなくなる。



 世界各地の小中学生が制作したビデオ作品で長野県・東部中の「水は世界をめぐる」がグランプリに輝いた。5分足らずのビデオで、なかなかおもしろかった。http://panasonic.co.jp/kwn/ 
 
 この中で、牛丼一杯を作るには、プール一杯の水が必要と出ていた。つまり牛1頭が飲む水と、牛の食べるエサ(トウモロコシや雑草)が育つための水を合わせると、プール一杯分の水量になるという。

 このビデオを見ながら、水洗便所はいったいどれくらいの水を必要とするのだろうかと思った。

 

 
 ボクが子供の頃には集落のほとんどの家が稲作をしていた。45年後の現在はその4分の1の10軒しか作っていない。そのほとんどが60才以上であり、次の世代が引き続いて稲作をするとは思えない。
 つまり、稲作農家は4分の1に減っているのに、この国ではまだ減反、減反と騒いでいる。集落の中の他の家の田んぼを請け負って稲作をしているのは1軒だけであり、その他の稲作農家の平均稲作面積は60アールほどである。
 請け負ってしている1軒の方は70代後半であり、その方が第一線を退くと、集落内で「休耕田」がぐんと増えると思う。

 景観的にも休耕田が増えるのは好ましくないが、何か作付するにしても、
(1)カネになる作物がない
(2)種代、水代、労力がかかる
(3)機械を使えば燃料代もかかる
 結局何も作れない。

 行政や農協は集落営農を進めようとしているが、集落営農のためには、
(1)基幹となる米の値段がもう少し上がること
(2)米以外のビジネス作物があること
(3)特定のリーダー(営農の中心者)に田んぼを集積するにしても、使い勝手のいい田んぼしか作れないだろうし、ビジネスラインにのるかどうかも問題。
(4)集落営農の概念がはっきりしない。そこにボランティア的要素が入るなら、集落営農に入りたくない人が多く出るだろう。単に休耕田にしておけばよいのだから。
(5)補助金目当ての集落営農なら、補助金がなくなるとその時点で終わる。

 

 デジカメのよさは、
(1)小さい
(2)軽い
(3)比較的安い
(4)携帯電話のように、購入後、継続的に費用が発生することはない。

 それぞれの心象風景や美意識が写真になる。例えば棚田の場合、
(1)写そうと思う風景は人それぞれ違う
(2)ブログに採用できるのは、写した中の1割ほど

 

2008_08032008年08月3日0003

(今日の夕飯)
オクラの湯通し
キュウリの塩もみ
ゆで卵
ナンキンの煮物・・・昨日の残り
豆腐・・・・・・・・・・・・・青シソ


  田んぼから帰ったら、今日は何か自分で作って食べるようにとの置手紙。しかしそんなに困らない。
(1)冷蔵庫を見たら昨日のナンキンが残っていた
(2)ゆで卵を6個作った
(3)キュウリ3本を輪切りにして塩でもんだ
(4)オクラを30本ほど湯通しした
(5)豆腐を半割りして青シソを刻んだ
 所要時間15分。そんなにおいしいとは思わないが、そんなにまずいとも思わない。これで十分満足。たくさん作っておけば翌朝や翌昼にも食べれる。
 
 料理を知らなくても、旬の野菜を湯通ししたり、蒸したり(主にピーマン)、そのまま切ったり(キュウリ、トマト)すれば2~3品できる。
 
 あまり栄養の事は考えたことがない。
 菜食主義ではないが、肉類はあまりいらない。ウインナーや生ハムがあればいいが、高いのであまり買わない。その分は卵でカバー。

 

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中国野菜が回復

 プロレスラーの小橋建太さん(41才)という人が今日の朝日新聞に出ていた。
 
 ・・・こんど出くわした腎臓ガンは、人生最大のライバルです。それまでもけがで全身麻酔の手術を7度も乗り越えてきたんですけど、ガンはひどかったなあ。眠れないし、倦怠感に襲われる。落ち込みました。

 もう1回でいいからリングに上がりたいという一念でリハビリに励みましたけど、復帰戦を闘うと、通過点に思えました。

 ・・・手術から2年。プロレスを続けるのが怖くないですか。・・・もちろん怖い。でも怖いからこそ中途半端ではだめなんです。生活のすべてに細心の注意を払い、やるだけのことをやれば、次が見えるはずです。

 リングでは生き方が現れる。

 病気は糧にもなった、と思いたい。これからも自分を追いこんで、見る人に「ガンになってもやれるんだ」と感じてもらいたい。

 新聞で始めて知った人だが、発せられるすごい言葉の数々。特に「生活の全てに細心の注意を払い、やるだけのことをやれば、次が見えるはずです」という言葉をよく覚えておきたい。

 

 夏の主役がアブラゼミからクマゼミに交代。山陽新聞にそんな記事が載っていた。
 確かに、子供の頃には「クマゼミ」を見ることは全くなかった。見かけるのは、アブラゼミとニイニイゼミの2種類だけだった。アブラゼミのことを当地では「ガンガラ」と呼んでいた。
 ニイニイゼミはよく柿の木に止まっていて、柿の木の木肌と似ているので、ちょっと見つけづらかったが、いっぱいいた。
 そのアブラゼミとニイニイゼミに代わって、今はほとんどクマゼミが占拠しているらしい。温帯系のアブラゼミより、亜熱帯系のクマゼミの方が活動しやすくなったためだという。
 生きてきた、たった55年ほどの間に、こんなに気温の変化が起きるのだから、今後はもっと加速度的に気温の上昇が進むだろう。

 農業を始めた19年前はまだ、夏がこんなにも暑くなかった。今の夏は10時半~3時半頃は、田んぼに出れないような炎天である。水やりもあるし、夏は極端に農作業時間数が少なくなるので、作付面積に注意する必要がある。



 6月は国産が高値だったため、タマネギやニンジンが中国産にシフト。中国製の冷凍ギョウザ事件が発覚した1月以降、中国産を敬遠する動きが続いていた。しかし、景気の後退が現実になりつつある中で、食品の相次ぐ値上げによって消費者の「生活防衛」意識は極めて強くなってきた。
タマネギ・・・前月比2.6倍
ニンジン・・・前月比1.6倍
ネギ・・・・・・・前月比8%増

カブ・・・・・・・前年同月比58%増
ニンニク・・・前年同月比5%増

 7月は国産野菜の相場が低迷している上、キャベツなどの相場は輸入価格より低くなっているものがみられるため、需要が国産にシフトし、再び輸入減に向かうと見られる。
ダイコン・・・安値(産地廃棄を含めた需要調整対策が必要)
ハクサイ・・・安値
レタス・・・・・・安値

 この状況を見てどう考えられますか。中国産であろうと国産であろうと、結局、値段の安い方を買う。背に腹は変えられない。確かに2~3割の人は、値段より安全性で選択するかもしれない。しかし、中国産は不安、国産は安心などと単純に判断できないのが野菜。国産のどこが安全だろうか。

 タマネギ、ニンジン、ネギの3品は元々中国産が主力であるらしい。分類的にはタマネギ、ニンジンは「重量野菜」に属するが、それでも輸入品が主力らしい。

 国産が品薄になるとすぐに「緊急輸入」の措置が取られるし、実際、グローバリズムというか、国際競争の時代である。重量野菜であっても中国くらいの距離だった輸送費もさほどかからない。

 いくらでも輸入野菜が入ってくるのだから、国産野菜も国際競争力をもたないと生き残れない。

 自給率をアップするには、輸入野菜をストップするしか方法はないと思う。輸入野菜がいくらでも入ってくるなら、自給率もアップしない。輸入が現実にストップするまで、国産野菜はこれ以上は増えないだろう。

 つまり資本主義的経済から考えると、野菜が輸入できないパニック状態になるまで日本農業が省みられることはない。パニックになっても生産できるまで最低でも2ヶ月間はかかるし、もしそれまでに野菜作りを放棄していた遊休地なら、復帰できるまでに1年はかかるだろう。そしてパニックになると、4本足の害獣より2本足の害獣からのセキュリティが問題になる。

 結局、「ある日突然」の事態に見舞われるまで、農業の現状を変えることはできない。それがグローバル化した資本主義の現実である。

 特に、牛やニワトリの飼料のほとんどは輸入品であり、これを国産飼料に切り替えるにも、「飼料米」の価格が「高騰した輸入飼料」より安くならないと飼料米は作れない。差額に補助金を出していたら、いつまでたっても現状は変えられない。

 農業の場合、いくら補助金を出してもほとんど無意味(無駄)。補助金の出ている間に足腰の強い農業に形態を変えることはできず、補助金をはずされると立ち上がれない。


2008_08022008年08月2日0028

 夏場の栄養補給には、野菜くずや草が欠かせない。


2008_08022008年08月2日0012

 今日、キュウリの4回目を蒔いた。予定より1週間ほど遅れたが、50日後の9月22日には成り始めるだろう。収穫予定期間9月22日~10月20日。

  
2008_08022008年08月2日0036

(今日の夕飯)
キュウリの酢の物、オクラ
ナンキンの煮物、玉子焼き
鶏肉、蒸し豚


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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