あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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田舎の田んぼは負債

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 左は集落を逆方向(表側)から見た画像で、右は小学校の通学路の土手沿いの田んぼ。
 左は半分が休耕田(減反)、右はほとんどが休耕田(減反)。稲作農家はすでに集落の4分の1以下。10年後、稲作風景が集落に残っているだろうか。
 

田んぼは負債
誰か、田んぼを買ってくれる人がいないだろうか
しかし簡単には売れない。集落の人の了解がいる

隣の田んぼも荒れているから迷惑はかからない
うちの田んぼも荒らしておこう
畦草を刈るのも面倒だ
田んぼを耕運するのも面倒だ
 
田んぼは負債
田んぼを必要とする人もいない
稲作を委託しようにも、もう作ってくれる人がいない

田んぼが荒れていく
人の心も荒れていく 

 

畜産物の自給割合

鶏肉 31%(輸入肉)
   
 62%(輸入飼料で生産)
     7%(国産飼料で生産)


牛肉 57%(輸入肉)
    32%(輸入飼料で生産)
    11%(国産飼料で生産)

豚肉 48%(輸入肉)
    47%(輸入飼料で生産)
     5%(国産飼料で生産)

 結局、肉の自給率は鶏肉7%、牛肉11%、豚肉5%である。しかしそんなに困ることはない。45年前は、肉と言えば1ヶ月に2回ほど口に入る「鶏肉」だけだった。牛肉や豚肉はほとんど食べることはなかった。

 だから、いざとなったら鶏肉だけ食べればよい。牛や豚は巨体なので手に負えないが、ニワトリを20羽ほどなら、簡単に飼い始めることができる。45年前は集落のどこの家にも、庭先で20羽ほどのニワトリを飼っていた。そして、卵と肉を自給していた。

 だいたい、45年前には「スーパー」など近所にはなかった。
魚屋さん・・・遠方の漁村から自転車で売りに来ていた
パン屋さん・・・田植時分には自転車で売りに来ていた
豆腐、アゲ・・・ネコ車でおばあさんが売りに来ていた
アイスクリーム等・・・集落に小さな店があった
薬屋さん・・・風呂敷を背中に担いで売りに来ていた
 たった45年でこんなに世の中が変わってしまった。


 
猛暑と豪雨 奇妙な夏

 気象庁は6~8月の天候まとめを発表。西日本を中心に気温35度以上の「猛暑日」や、30度以上の「真夏日」が記録的に多かった一方、大気の状態が不安定で、1時間雨量は全国の59地点で観測以上最多を記録した。台風上陸も8年ぶりにゼロだった。(山陽新聞9月2日)

 毎年何らかの異常があるので、今年がそんなに異常とは思わなかった。

 

農業は地球環境を破壊する

 特に大規模な干拓地農業や北海道農業は、環境にとってはあまり望ましくないと思う。
 こじんまりとした農業がたくさん存在することが、地域環境の保全につながる。
(1)規模が大きいとどうしても農薬、化学肥料、除草剤の3点セットになる。
(2)農業が癒しになるのは、大地に足をつけた手作業の農業である。
(3)大型機械を駆使した土から離れすぎた農業は、かえって人間疎外につながる。
(4)大型農業ほど外部事情に影響されやすい(資材の高騰、燃料の高騰、肥料の高騰)。
(5)農業法人や集落営農のような組織化された農業に従事しても、湧き出る農業の喜びはない。単に経済だけを追求するため。
(6)農業は経済半分、経済以外が半分で成り立っている。経済以外とは
 自分自身の癒し
 風景の保全
 動植物の生存環境を保持
 水をたたえる(稲田は洪水を防ぐ)
(7)農業の組織化や大規模化はどうしても経済至上主義に陥る。
(8)農業には二つの流れがある。
 自給自足としての農業
 農作物を換金作物として捉える農業

(9)口に入れる食べ物をすべて人任せという分業では、地球環境は壊れる。自分で少しは作る。理想ではなく現実として。

 しかし現実には無理。
 
若い時の一時期、東大阪市に住んでいた
 
まわりに田んぼなどなかった
 
だからネギを作るにもプランターを購入して、土も購入する必要があった
 
しかしアパートだったので、プランターを置く場所もなかった

もちろん、はなから野菜など作る気はなかった
 
必要なら野菜は買えばよかった
 
しかし野菜は必要にもならなかった
 
なぜなら、自炊をすることはなかったから
 
朝は喫茶店、昼は職場の食堂、夜は外食
 
だから野菜などいらない
 
農業など頭に浮かんだこともない
 
とにかく職場の仕事のことで精一杯だった
 
何か手に職をつけなければと思ったが、何も身につかなかった
 
その後、地元の岡山に帰って家から通勤を始めたが
 
どこへ勤めても、会社に居場所を見つけることはできなかった
 
サラリーマンと資格試験に挫折し続けてから
 
30代の半ば頃に農業がひらめいた 
 
非農家出身なら、挫折しても農業をイメージすることはできない
 
農家出身でも、農業では生活できないことを子供の頃から身にしみて知っている
 
だから、挫折しても農業は選択しないし、選択できない  

農業は大多数の人間の職業としての選択肢から消えていく
 
土から離されてケージに閉じ込められたニワトリのように、人間も組織(企業)の中で生きるしか生活の手段がなくなった。
 
土の上に戻ることは、ニワトリにとっても人間にとっても、それぞれの生の開放なのに、それが許されない。
 
過疎の山村(限界集落)に逃亡しても、自給自足ができないので、結局、大都会の場末の簡易宿に逆戻りして、資本の「おこぼれ」を拾いながら生きていくしかない。
 
今の日本はまことに生き辛い。
 
現役世代にとって、農業や土は「異次元の世界」になっている。

農業はすでに農作物をカネにする必要のない定年帰農者だけのものになっている。


0809030025.jpg

(今日の夕飯)
焼きナス
オクラの湯通し
ソーメン・・・青シソ
目玉焼き

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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