あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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売る農業は農業の正しい姿をゆがめる

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 ダイコンとカブの蒔き床に、厚めにクン炭(焼きすくも)をふってから、エンジンポンプで散水した。
  
 クン炭は気温の低い時でないとよいクン炭ができないので、冬~春先に作って保存しておく。 
  
  

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 シュンギクの2回目、ロケットの1回目の種蒔き(育苗)をした。
 他に今日は、ディル(ハーブ)の2回目、チャービル(ハーブ)の2回目の種蒔きをした。ディルの1回目はモグラに走られ、チャービルは発芽が悪かったため蒔き直した。

 

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 レタスの定植をした。チマサンチュ(下葉から順次収穫するレタス)40本、普通の丸レタスを30本ほど定植した。


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 4回目のキュウリが成り始めた。

 

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 サツマイモはまだ掘り始めていない。今年は夏に雨がほとんど降らなかったので、収穫を少し遅らせている。

 
 
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 柿が無残。すでに半分近くが落下。この周辺の柿の木はどこもこんな状態。

 

 今日、ニンジンの草取りをしながら思ったが、作物は「ここという時」に手を掛けなければならないことがある。手を掛ける時期が早いと、時間の無駄になることがあるし、遅すぎると、やたらと時間がかかってしまう。しかし、その適期に他の用事が入ることもあるし、雨でできない場合もある。適期作業というのはなかなかうまくいかない。

 
 
 都市文明は自然の摂理からはなれて繁栄し、矛盾をかかえて崩壊する歴史を繰り返してきた。日本もいずれそうなる。(ニッポン、人・脈・記、朝日新聞9月13日)

 しかし、その時は農業も一緒に滅びる。農業が滅びる時、都市文明も一緒に崩壊する。
 
 経済力を背景に世界のどこからでも農作物を輸入できた時代には、都市も多いに繁栄を継続することができた。
 
 しかし、世界から農作物を以前ほど簡単に輸入できない状態の時、ならば国産といってみた所で、国産が高すぎたり良くなかったりしたから、世界から輸入していたのであり、それを急に国産だ、国産だと叫んでみても、一度、見捨てられた農家(一度リタイアした農家)はもう復帰はできない。
 国産が見直されてきたからチャンスでも決してない。農業を取りまく状況は年々、厳しさを増している。

 農業者人口を増やすには、

(1)定年帰農者を増やす
(2)現役帰農者を増やす
 という2通りしかないと思う。農家の跡取りが農業を継ぐという時代はすでに過去のことであり、自分の代で農業は終わりという農業者が多いのではなかろうか。
 
 (1)の定年帰農者の場合は、家庭菜園が主体であり、出荷するにしても地元の道の駅等の直売場と思う。
 
 (2)の現役帰農者を増やすには、行政も農協も、家庭菜園型農業者(自給自足型農業者)を増やす施策をする必要がある。その努力が全くされないなら、農業者人口は増えない。

  家庭菜園型農業者では、

イ、国家の自給率に貢献しない
ロ、農協に何ら利益をもたらさない
ハ、単なる趣味的な農業者を増やしても仕方がない
 等の理由で、支援の対象になっていない。

 しかし、農業を希望する場合、

A、いわゆる20世紀型農業を希望する人
B、農業をビジネスより精神的な欲求と捉える人
 厳然と2通りに分かれると思う。Aのような農業はできなくても、Bのような農業ならできる人がいっぱいいる。

 そして農業の貢献度は、7月26日の更新でも書いたが、

農業の多面的機能の経済効果(年間)

洪水を防ぐ          3兆4988億円
水資源を守る        1兆5170億円
土砂崩れを防ぐ         4782億円
土の流出を防ぐ         3318億円
有機ごみを土に戻す       123億円
気候を緩和する           87億円
安らぎを与える       2兆3758億円  
                          計 8兆2226億円
      (三菱総合研究所の試算から)
 というデータもあるように、販売以外の貢献度が大きい。

 例えば自分が非農家出身で、Iターン農家を目指そうとする場合、Aのような農業は自信がないが、Bのような農業なら、それなりの「支援策」があれば、農業への新規参入もできると思う。

 Aのような農業は元手がかかるし、新規参入する場合にリスクが大きい。

(1)ある程度の規模の農業
(2)機械化農業
(3)専門作農業
(4)規格や寸法や重量が問われる農業
(5)他産業と比較して低所得な農業
(6)技術を追求する農業

 Bのような農業は

(1)自分自身の楽しみの農業
(2)自分自身の癒しになる農業
(3)少量多種類を作る、自給自足のための農業
(4)自然のうつろいを五感で感じる農業

 Aのような農業者だけを増やしたいなら、非農家出身でそれをやってのけれる人は限られてくるし、現実に参入しても、成功率は5人に2人ほど・・・、5割は切るのではなかろうか。

 Aのような農業には、資本力(貯金)、技術力(能力)、体力など、商工業の世界より多才な能力が要求されるだろう。

 そしてAのような農業をめざす人だけに、多くの補助金をつぎ込んでも、この国の農業や環境に対する貢献は少ないだろう。

 Bのような農業者は、環境面でも、周囲に影響を及ぼす面でも、次の世代に農業を伝える面でも、Aの農業者と同等もしくはそれ以上の貢献があると思う。

 次の世代に農業を伝える面と書いたが、それはAのような専門力の高い人の農業は誰でもは引き継ぐことはできないが、Bのような農業なら、比較的簡単に引き継ぎができる。

 
 農業はビジネスよりも、自分の自身の健康や癒し、解放のためにしたい。

 農業の本来の姿は、売る農業ではなく、自給農業にある。それは人類2000年の姿でもある。

 売る農業は、農業の正しい姿をゆがめてしまう。つまり、自給自足型農業者を増やす施策こそが、日本農業に未来の展望を与える。

 Aのような農業者をいくら増やそうとしても、うまくいかない。平行線をたどるだけである。

 農業は商工業とはまるで違うのに、商工業と同じような進め方をしようとするところに誤りがある。

 農業は小さな個人農家がいっぱい増えていく時に、自給率も上がり、結果的に商工業に従事する人に安心感を与え、環境保全の面でも、景観保全の面でも、多大な貢献をする。

 なぜ、逆転の発想ができないのか。それは目先の目標につながらないからか、自分たちの利益につながらないからか。

 逆転の発想とは、20世紀型の規模拡大、機械化、専門化農業を否定して、近世以前の自給自足型農業を増やすことである。

 そんな農業では「生活できない」ではなく、そんな農業でも「何とか生活がまわっていく」支援こそが必要である。この支援に補助金を集中させることが重要であり、これ以外の補助金は、この国の農業に何の展望ももたらさないだろう。


 自給自足型農業をめざしたい人に5年間の「年間60万円のライフライン補助」と「国民年金・国民健康保険の減免」を!
 
 認定農業者への補助・・・単なるばらまき

 集落営農・・・永続性は極めて疑問

 農業法人・・・法人の参入には問題はないが、援助までするのは問題。

 

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(今日の夕飯)
天ぷら・・・ナンキン、ピーマン、タマネギ、エビ
コロッケ・・・市販の惣菜
卵焼き
オクラの和え物・・・カツオブシ


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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