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あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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農協法改正案

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  金曜日にJA(農協)の広報誌を配ってくれた職員さんに、麦の種を注文していたが、今日電話したら「あげます」と言われた。ビール麦(オウミユタカ)を3キロと小麦(シラサギ)を3キロほど頂いた。
 
 さっそく午後から蒔いた。前回蒔いてから20日ほど経過しているので、もう一度畝間に管理機を走らせ、畝の上をヨツメでならし、鍬で蒔き溝を作り、種を蒔いて、右の画像のトンボという農具で土をかぶせた。2時間ほどかかって、2アールに小麦を2キロほど蒔いた。あまり遅くならずに今日蒔けてよかった。残りは今週中か、もしくは3月中旬頃に蒔こうと思う。
 
 今度は発芽すると思う。収穫は6月中旬頃になると思うが、鎌で手刈りしてそのままトリ小屋に入れ、翌日、麦穂を食べた後の麦藁を外に持ち出して敷き藁に使う予定である。「スズメ」と競争になるだろうが、2週間ほどそうして残った麦は物置小屋に「はざ掛け」しようと思う。

  

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 ダイコンもかなり大きくなった。いままでにカブの失敗は何回もあるが、ダイコンの失敗はほとんどない。カブが「ダイコンサルハムシ」の犠牲になってダイコンを守ってくれている。



農業新聞の4コマ漫画
 
 農業新聞の4コマ漫画「ゴリパパ一家」(神保あつしさん)が、連載20年で7000号を迎えたらしい。20年間に渡ってほとんど毎日だから、大変だったろうと思う。考えてみればブログも4コマ漫画に似ている。日替わりメニューだから。しかし4コマ漫画とブログでは、短いだけに4コマ漫画の方が難しいと思う。機知とユーモアを凝縮して4コマで表現する必要があり、言葉もだらだらと長く書くわけにはいかない。
 1日5時間~12時間の時間をかけて構想を練り、描く時は瞬時の10分ほどで漫画と短い短文をひねり出すのだろうか。その10分のために5時間~12時間を費やす。

 ブログも見習う必要があると思う。3~4時間、新聞を読んだりすることに費やし、いざ入力の時は1時間半ほどでスピードをあげて打つ。ただ、これは自分の理想であり、そんなにうまく運ばない。

 

農協法改正案を提出
 
 民主党は25日、農協や漁協、農林中央金庫などに政治的中立性の規定を設ける農協法改正案を参院に提出した。
 同改正案は農協法と水産業協同組合法、土地改良法、森林組合法、農林中金法を一括改正。「特定の政党のために利用してはならない」との条文を盛り込む。
 
 同党は、生協法や中小企業等協同組合法などには同様の規定がある一方で、農協法などにはないことが問題だとしている。
 
 だが、同じ協同組織である信用金庫法には同様の規定がなく、農業関係者からは「どうして農協だけが狙い打ちされるのか」(JA幹部)との反発が出ている。同党の主張が理解を得られるかどうかは不透明だ。

 JA全中は25日、民主党が金融機能強化法改正案の審議と並行して、農協法などに政治的中立性の規定を設ける改正案を同日、国会に提出したことに対し「生産現場の切実な要望を実現する生産者の主体的な活動を選挙対策とからめ、政争の具とする行為だ」とする抗議声明を出した。(11月26日農業新聞)

 
 客観的に考えて、民主党の言っている方が正しいと思う。自民党、農水省、農協は三位一体と民主党が言っているのはあたっていると思う。自分もずっとそう思っていたから。
 
 ここまで農業が病弊していることの責任の一旦が農協にはあると思う。

 ある時期から、農協は農業者から乖離していったと思う。それはもうずっと以前、農協ができて10~15年が経過した頃である。現在はすでに60年を迎えている。

 ボクが小学校の高学年の頃。つまり10才の頃が、農協ができてちょうど15年目頃にあたる。その頃が農協としての「ピーク」だったように思う。その頃の小学校の始業式や終業式には町長の他に、来賓として必ず農協の組合長が来られていた。だからその頃のボクは組合長は町長と同じ「公」に関係する人物だと思っていた。学校の図画の時間には、農協を現す「協」のマークをよく書かされた記憶がある。夏休みの宿題にも出た。何か、学校を挙げて農協を応援しているような感があった。
 
 何でもかんでも「農協」だった時代である。肥料、飼料、薬、プロパンガス、火災保険、生命保険、貯金・・・。
 
 ただ、その頃を境に、農協は質的に変化していったのではないかと思う。集落の多くの人が怒涛のように農業の足を洗い、サラリーマンへと舵を切ったのも、ボクが小学校の高学年から中学校へ入る頃にかけてのことである。つまり1963年~1965年(昭和38年~昭和40年)の頃である。

 組織があまりにに巨大化していった。農業指導以外の購買活動や共済活動や金融活動に主体が移っていった。農業者は置き去りにされ、農協が一人歩きを始めたのもその頃が境だったように思う。
 
 その後は時の政権との関係を強めていった。
 
 田舎の集落のほとんど全部の家々を顧客にして、巨大企業へと変身していったのである。
 
 その後、政権との蜜月は40年余りに及んでいる。その間、農業者は一人減り、また一人減りして、減る一方の下降線をたどり続けてきた。その間、農協は農業者のために何をしてきただろうか。

 そして現在、農業者の数は「風前の灯」である。農協は農家のためになっていない。もう変えなければならないと思う。政権も、農協のありかたも。
 


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(今日の夕飯)
サンマ・・・ダイコンおろし
ホウレンソウのおひたし

 

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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