あめんぼ通信2008

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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21才の年齢差

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 今朝は強い霜が降りたので、野菜が凍っていて、9時半が過ぎるまで収穫をスタートすることができなかった。
 
 収穫が終わり、その後の仕分が終わったのは午後2時だった。昼ご飯を食べ、納品書と送り状(あて名)を書き、在庫野菜のサツマイモ、ムラサキイモ、ヤーコンの仕分をし、箱詰め作業が終わったのは午後5時だった。それから宅急便の営業所まで持参し、近くのスーパーで買い物をして帰った。
トイレットペーパー・・・・・・・398円
ティッシュ・・・・・・・・・・・・・・348円
モーニングロール(パン)・・105円
プチロールケーキ、3個・・・300円
クリームデニッシュ(パン)・100円
薄皮粒アンパン・・・・・・・・・140円
美味納豆・・・・・・・・・・・・・・・・88円
海鮮揚げ豆腐・・・・・・・・・・238円
ウスターソース・・・・・・・・・・187円
ゴマ味ラーメン・・・・・・・・・・378円
中華ソバラーメン・・・・・・・・298円
朝げ(徳用)・・・・・・・・・・・・238円
きぬ豆腐(2個)・・・・・・・・・116円
サランラップ(2個)・・・・・・・356円
ちりめんじゃこ・・・・・・・・・・・254円
コンニャク(2個)・・・・・・・・・136円
フィリピンバナナ・・・・・・・・・188円
油アゲ・・・・・・・・・・・・・・・・・・88円
サンマ(4匹)・・・・・・・・・・・・232円

合計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4188円

 全然、自給自足ができていない。健康的な買い物とは言えないかも。
 言い訳になりますが、ラーメン×2個や朝げ(徳用)は、たまにしか買わない。農家なのに・・・これが我が家の現実。でも野菜もしっかり食べて、中和、解毒、相殺しているつもり。

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 今朝の強い霜でレタスの出荷が終わった。


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 こんなに寒いのに、ダイコンサルハムシがまだ動いている。

  


 遠藤実さん死去

 作曲家の遠藤実さん死去。76才。随分と年齢が違っているような意識があったが、たった21才の違いだったのかと気づいた。
 東京生まれ。戦時中は新潟県に疎開。紡績工場勤務のあと、民家を巡って歌う「門付け」を始めた。1949年、17才の時に上京し、流しの演歌師をしながら作曲を独学した。57年に藤島恒夫が歌った「お月さん今晩わ」のヒットで世に出た。
 津軽三味線の高橋竹山も家々を巡って聞かせる人だったので、東北地方には、こんな風習があったのだろう。17才で上京して世に出るまでの8年間は貴重な下積み期間だったのだろう。
 
 自分は1953年生まれであるが、この間の21年間で、時代は激変があった。自分が生きてきた時代はすでに、世の中は安定しており、幼稚園に入学した頃からずっと、管理された教育と管理された時間の中で生活してきた。変化はほとんどなかった。自分は「学校生活」という空間が大きなストレスになっていた。学校は窮屈で、他人に歩調を合わすばかりの世界だった。
 
 それでも当時は「登校拒否」するような知恵もなかったし、学校は行かなければならないものだと思った。そんな学校嫌いなのに、一浪までして大学へ行った。勉強も何もしなかった4年間だった。就職が第一次オイルショックの翌年で、5社ほど受けたが全部落ちた。コネで就職できたが、何となく就職したような感じだった。まるでお客さんのような就職だった。
 
 だから、今時の大学生の「就活」などを新聞で読んだりすると、22才くらいでそんなに職業意識が高いのかと驚かされる。自分は就活など全くしなかった。自分の就職なのに他人の就職のような気がした。
 
 お客さんのような学校生活、お客さんのような就職、超低空飛行だった社会人生活。やっと開放されたような気持ちになったのは、農業を始めてしばらくたってからだった。
 
 遠藤実さんとはたった21才しか違わないが、この時代を生きてきた人とは、世代のずれを感じる。しかし、21才年下で現在34才の人には「同世代」と感じる。それは同じように管理された教育と管理された社会を生きてきたという共有意識があるからだと思う。
 
 「遠藤実さんの時代はよかった」、しかし「自分の時代はよくなかった」とは思わない。乱世の時代がよいか、安定した時代がよいか、2つの時代を同時に生きることはできないからわからない。ただ、平和な時代を生きていることは、とてもありがたいことだと思う。

 時代は、遠藤実さんと自分との間で、天地がひっくり返るほどの変転があった。しかし、当時の人と共有している風景もある。
 黒い役牛が1頭・・・牛耕
 ニワトリ20~30羽・・・つぶして(絞めて)食べる
 
 田植え・・・手植え
 田植え時のおたまじゃくしやカエル
 稲刈り・・・手刈り
 はざかけ
 脱穀・・・脱穀機
 ムシロの上で天日乾燥

 葉タバコの温床作り
 人糞はよい肥料として使われていた

 クド(カマド)でご飯炊きや煮炊き
 小学校低学年の時、プロパンガスが我が家に入った

 マツタケやシメジ引き
 川魚釣りや川魚取り
 田植え時に上ってくるウナギを仕掛ける竹筒

 池での水泳・・・小学校時代

 冬の焚き火
 焚き火の後の芋焼き

 冬山での下刈り ・・・クドや風呂焚きに使う
 冬山での飯ごう炊飯

 12才の頃までのこんな記憶が頭の片隅に残っている。
 今の農業に役立っているかどうかはわからない。

 学校や職場で「管理された社会」を生きてきたという共有意識は21才年下の人たちと共にあるが、農の原風景があるという共有意識は21才年上の人たちと共にある。

 一つだけはっきりしていることは、あと21年で76才になるという現実。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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