22年前、母が61才で亡くなった時、そんなに若いとは思わなかった。しかし、その61才が近づいた今は、かなり若いと思う。
自分の場合は、長くても後20年ほどが寿命かなと思う。
その20年後はあっという間に来るんだろうと思う。それならもうこの辺でのんびりした生活をしたいと思っても、経済的理由で、それも許されない。
65才になれば、今の農業収入くらいの年金が下りるので、あと10年ほど現役を続けざるをえないかも知れない。
時々、あるいは、しばしば、農作業をするのが大儀になる。暑過ぎるせいだろうか。それもあるだろうが、たいした収入にならないことも理由だろう。
学校を卒業してからは、学生時代の仲間とほとんど付き合わなくなった。仕事で精一杯で、付き合う余裕はなかったし、どうしても仕事がらみの付き合いが中心になってしまう。だから今は農業をしている人としか付き合っていない。
卒業して30年余りが過ぎると、境遇も収入も大きな開きが出て来る。
転職を繰り返してやっとたどりついた独立自営業であるが、組織の中で自分の居場所を見つけることができなかったら、何らかの独立自営業をするしかない。
生き辛い世の中だと思う。今35才だったら農業にも絶望を感じるだろうが、もう55才だから、あとは「なだれ込み」で死期までつないで行けそうである。何も死を望んでいるわけではないが、そんな感覚になってしまう。
かといって現在の境遇を悲観しているわけではない。まだまだやりたいことをいっぱい抱えて、夢も持ち続けている。しかし農業の能力は同業者よりかなり劣った。その農業もすでにカウントダウンが始まっている。
カウントダウンを待たずに、1年でも早く出荷農業を卒業したい。


昨日紹介した「水は世界をめぐる」のビデオを、今日また何回か見た。牛を1頭育てるには1890リットルの水が必要になるという。
ニワトリも1日で、右の画像の鍋一杯の水が必要である。他に
(1)草や野菜くずを育てる水
(2)穀類(コゴメ)や米ぬかを育てる水
(3)購入エサ(トウモロコシ等)を育てる水
田中義剛(たなか・よしたけ)の足し算経営革命
田中義剛さんはテレビにもしばしば出るので、ご存知の方も多いと思います。その田中さんは酪農学園大学を卒業していて、現在、北海道中札内村で「花畑牧場」を経営している。そしてこのたび「田中義剛の足し算経営革命」(ソニーマガジンズ、819円)という本を出版した。そのインタビュー記事が農業新聞に載っていた。
成功するかしないかは売り方次第。
これからは個人の時代。日本の農家は個人になりきっていないから弱いんですよ。うちは自分で作って自分で売るのが7割。最後は自分で売るしかないと思います。
田中さんは空港や百貨店の催事場で日常品とは違う売り方をしているという。他にギフト需要もあるらしい。
果樹や米など、大半を「直販」で売り抜いている人もいるが、そういう人が農業の世界で生き残っていくのだろうと思う。この場合、徹底して個人客にこだわった方が良いと思う。
業務用はどうしても「値段」が最優先されると思う。
自分の「こだわりの農産物」はこだわりを理解してくれる個人客を見つける必要がある。自分はこの点が弱かった。
個人客を見つける能力と、個人客に続けてもらう能力は同じではない。ワンパック宅配の場合、常時営業し続けないと、目減りすると思う。
1965年の酪農家戸数・・・・・・・・・38万戸
2008年2月1日の酪農家戸数・・・・2万4400戸
40年間ほどの間に激減しているのがわかる。現在も毎年1000戸程度減っているらしい。
今、田んぼの半分は空いている。
ナスビの新芽がかなり大きくなった。枝を切り戻した10日前にはまぶれつくほどいた「テントウムシダマシ」はどこへ行ったのだろうか。死んでいるわけではないし、天敵も多分いないし、他の作物へ移動した形跡もない。どこへ行ったかわからないが、もうナスビにはいない。
右の画像はオクラ。今年のオクラはやはり多すぎた。
(1)150センチ幅の畝
(2)株間30センチ
(3)1箇所3本立ち
(4)90ポット(270本)で十分だった
今年の柿は鈴なり。昨年、一昨年と害虫にやられてほとんど生らなかったが、ことしは枝がしわるくらい生っている。
右はイチジク。
サツマイモの電柵周辺の草刈を早くしないと、漏電の恐れがある。
(今日の夕飯)
ピーマンの炒め物
スパゲティ、アジ・・・市販の惣菜
キュウリの塩もみ・・・昨日の残り
ゆで卵・・・・・・・・・・・・ 昨日の残り
オクラの湯通し・・・・・昨日の残り
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